第104話
*お屋敷
黒い鉄製の門扉の向こうに大きな屋敷が見える。特筆するような形はしていなかった。極めて四角い形状である。浅い角度の三角の屋根には、この辺りで作られたオレンジの瓦が敷かれている。
ゴールドクレスト状の大きな樹木が、規則的に並び屋敷を囲っていた。奇をてらった気配はまるでない。
「げっ!」
なんて、でっかい家ですか!
イラーザは門前からライムの家を見渡し、ポールに目を向ける。多分そういう顔で睨んでいたのだろう。
まだ何も言っていないのに、彼は言い訳をするように答える。
「オランジェさんはこの街じゃ知られた商会のトップでさー。孤児とか、お年寄りとか、もう多額の寄付をしているんだよー?」
「イラーザ、それでもさ、まだ壁外の人間には手が届いていないんだよ。仕方ないよ。無理したら商会がどうにかなっちゃうでしょ?」
続いてアクスが言い訳をしたが、イラーザは納得できない。
ライムに目を向ける。寄付はできる分。自分のできる範囲。わかってはいるのだが、彼女の腑には落ちなかった。
意味ないでしょ。必要ないでしょ。おべべの一枚でも遠慮しとけ、ゴラ!
そんな、殺伐としたグルグルとした黒い目を向けられたが、彼女にはイラーザの毒視線が効かなかった。
「お父様に言って助けてもらうなんて…何かちがう気がするの。私が私の力で得た物で助けたい。
私もがんばりたいんだ。彼らは、もうがんばっているから」
バラック暮らしの彼らの姿を見てしまったイラーザの口は、うまく毒を吐き出せなかった。
それが胃袋に逆流したような思いがして、彼女のテンションが下がった。上手に物が考えられなくなった。
その隙を見たわけではないだろうが、俺たちは用があるからと、ポールとアクスは門前から逃げるように去っていった。
彼らを見送りながら、イラーザはポカーンと口を開ける。
うまく押し付けられた!
彼女は思い返す。
知るかボゲー!パンの味に変わりはないです!お父様に奢ってもらえーー!
なんで言えなかったんでしょうか。おかしいです。私は弱くなりました。
一体何故こんな…。
彼女はハッとした。
私は彼を知ってしまったからだろうか。
あの人の、彼の…トキオさんの優しさを知ってしまったからでしょうか!
イラーザは、門前まで迎えに現れたメイドに、へこへことへつらいドアを抜ける。贅を尽くしたキラキラの室内に、目を潰されぬように注意して邸内に入った。
金銀宝石の、成金的な輝きに満ちたエントランスを想像していた。
イラーザはクエストで、大金持ちの家に入った事があった。あまりの輝きに言葉を失った経験がある。
強く目を細めて警戒していたのだが、中は至って簡素な造りだった。
白、茶、真鍮の色。見栄えよりも使い勝手を優先した玄関。階段も普通だ。ふかふかとするカーペットはなく、廊下に調度品も並べられてはいなかった。
箱はでかいが中身は質素。質実剛健が家訓なのか。イラーザはホッとした。
廊下の先に紳士が立っている。背筋の通った白髪混じりの男だ。立っている姿が様になっている。
イラーザは突然に緊張した。ここに来て怯えるような要素は無いのだが、動悸が早まり、背筋を冷たく感じた。
何故か、足の運びを忘れてしまったようだ。うまく歩けている気がしない。一歩一歩がやけに遠かった。
廊下が無駄に長く感じる。男は怒り顔を向けているわけではない。笑顔を浮かべ、待っているのだ。
イラーザは、何故かそれが怖かった。隣でライムが何か言っているが少しも言葉として聞こえなかった。
処刑場へ向かっているようだった。
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