第102話

*騎士の広場

 

 イラーザはライムに対して、作りに作った笑顔で話かける。

 相手のキャラを自分の中で確定させたので、彼女の舌の滑りが良くなった。

 

「まあ、素敵です。でも、ご両親は反対なされなかったのですか?」

 何故か敬語になっていた。


「イラーザお姉ちゃんも説得に協力してください!」


 ライムはキラキラとした深緑の瞳を向ける。人を疑ったことのない、子供だけが持つ純粋な表情だ。

 いつもなら素早く目を逸らすところだが、イラーザは対応する型を作り出している。このキラキラを受けとめた。


 彼女は親睦会を終わらせたかったのだ。クエストの同行はともかく、説得の協力なんてとんでもない。愛のある親切な大人のふりで追い払おうとしていた。


「やはり親御さんは反対なさっているのですか。そうです。危ないですよ。やめた方が良いですよ?」

「でも、危ないからって理由で、引き返していい時と、ダメな時があるよね」


「ないですよ。どこで聞いたんですか。危ない橋を渡ってはいけない。昔っから人はそう言ってましたよ。

 危ない橋を渡れ。なんて格言聞いたことありませんよ」


「でも、その橋の先に転んだ子供がいるのが見えたら?」


「放っておきなさい。子供は意外と頑丈です。転ぶのは日常だし、あなたも子供ですよね」

「じゃあ、今にも死にそうだったら?」


「遠くから心で応援なさい。励みになります。あなたが行っても意味はありません」


 立て板に水。何を言っても無駄。

 イラーザは自身を強大な盾と見た。全て余裕ではね返せると、自負していた。


「私がポーションを持っていたら?」

「投げてあげなさい。あなたがそこまで行く必要はありません」


「じゃあ、そのポーションは私にしか扱えなかったら?」



 イラーザは自分が罠にかかりつつある事に気付いた。

 このガキ、まさか私を誘導しようと?


 そんな、勇者にしか抜けない聖剣じゃあるまいし、そんな物はこの世に無い。あなたしか扱えないならそれはゴミです。


 いや…この答えはまずいですね。有ると言われると困ります。彼女には非常に稀な恩恵があるというのだから。


 ……おやおや、この話を続けるとまずいことになりそうです。

 よし!意地悪言ってやりましょう。イラーザは底意地悪そうな顔を見せる。


「本当にどうしても、その子を助けたいのですか?本当にやらなきゃいけないことですか?家族の命を懸けろと言われても、あなたはやりますか?」


「それで家族が死ぬならぜったい行かない。でもそうじゃないの。だから助けたい。だって、私にできることなんだから」


 ライムの緑の瞳に敵意はなかった。濃淡のある澄んだ瞳だ。勝とうとか、言い負かせようとかは思ってはいないようだ。

 目をキラキラさせてイラーザを見ていた。新たに見つけた仲間を見るような親愛に満ちた眼だった。


 イラーザは憮然とする。


 見事に返されてしまった。このガキ、意外と考えているようです。

 でも、まだ私は論破されてはいない。


 その考え方は間違っている。どうしても助けたい他人などいない。父母はあなたの身の方が圧倒的に大切なのです。


 いいでしょう。私が嫌な大人になりましょう。声が大きい方が勝つことをこのガキに初めて教える人間になってやりましょう!

 


「イラーザちゃんは優しいな…」



 横からポールが、意表を突いた事を言ったのでイラーザは止まってしまった。大声を出そうと、せっかく肺にためていた空気が、音もなく抜け出てしまった。


 イラーザにとって全く意表を突いていたのだ。


 ポールはニカっと爽やかに笑いながらライムの緑の髪を撫でる。緑といっても彼女の髪色は銀色系だ。それが緑がかっているのだ。


 イラーザは反発する。

 何をぬかすか、この親父は!まじギレしそうですよ!私は何一つ優しさでは語っていない!一つも優しさで語ってはいない!全身全霊で否定します!

 あーーーー腹立つ!貴様ー!間違っていい所とだめな所があるでしょう!ニコ親父は黙っていなさい。まじで燃やしますよ!


 ポールは、体に染みついたような優しい笑顔をイラーザに向ける。


「俺たちだって止めたんだよー。だってこの子がさー、そんな無駄に危ない思いをする事はないだろー」


「むだじゃないです。私はあの子たちを助けたい」


 イラーザは、眉間のしわを深くする。悩み事があるような顔だ。いつもの顔である。とうとう対人偽装用の顔が引っ込んでしまった。


 どうでもいいと思っていましたが、このガキが嫌いになってきました。


 助ける?そもそも他人を救うなんて事は人間にはできないのです。厚かましいです。非常時に他人が、家族以外にすることを教えてやりましょうか?

 


「久しぶりに行ってみようよ?」

 

 少年のような笑顔で、アクスがライムに手を差し伸べた。彼の意を汲んだ彼女は笑顔で手を取る。


 は⁉︎一体なんですか?

 そんな顔をしたイラーザの背をポールが押し、行く先に促した。


 ちょ、やめなさい!私はもう帰りますよ!


 こら!失礼だろう!腹で押すんじゃない!

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