第101話
*騎士の広場
イラーザは、ポールたちにクエストとしての護衛業務を頼んだ。ギルドを通した依頼なので、約束を反故にはできない。途中で山賊に変わることはない。
彼女はそう考えたのだ。他人に対して疑り深いのでこの辺は慎重だ。
ところが、彼らがクエストを受けるに当たって条件を出してきた。それはもう一人、少女を連れて行くというものだった。
彼女は植物鑑定という大変希少な恩恵を持っていて、仙人の洞窟の先にある沼地周辺で、貴重な薬草を採取するという。
今日はポールに案内され、イラーザは件の少女と顔合わせする約束になっていた。
人嫌いの彼女が、こんな条件を素直に受け入れるわけはない。
ひょんな事からギルド長のギーガンと懇意になったのがいけなかった。
偉い人にコネを作ればその先が楽だろう。対人スキル上昇中のイラーザは狡猾に考えたのだが、実は顔が見えるお付き合いというのは良いことばかりではない。
普段なら、ノーと言えた。だが、イラーザに対して極端に低姿勢になっているギルドの支部長の様子に、逆に絆されてしまった。
渡りに船だよ。女性が一人で、野郎ばかりのパーティと行くより断然良いだろ。
お茶を飲みながら、親身になって言われてはその通りだとしか思えない。高圧的なら断っただろう。断れたのだ。
イラーザも思った。まあ…確かに。
石畳の街を行く。広場に場所を確保できなかった商人が道端でゴザを広げている。イラーザは大きな背中について歩いていた。
「よー、ポール!元気かー」
イラーザに笑顔の男と評されるポールは、街に顔見知りが多いらしく、行く先々で声をかけられる。これがイラーザには面倒だった。特にこれだ。
「お、ポール、噂の娘さんかー?」
「そうだよー、娘のイラーザだー」
「違います。他人です」
イラーザは肩に乗せられたポールの手を、軽く肩を振って払う。
「はっはっは、つれないなー。イラーザちゃんはー」
「なんだよ、嘘かよ」
「いや、俺は娘だと思っているからな。悪戯したら承知しないぞー」
「はっはっは!」
イラーザはぎこちなく笑う。
苦手だ。本当に苦手だ。普通の会話を、しらじらしいとしか思えない私が悪いのでしょうけど、愛想笑いすると疲弊します。
トキオさん…トキオさんに早く会いたい。陽の人々の陰口を一緒に叩きたい。
「お、もう来てるぞ」
屋台が立ち並ぶ道路は、広場を囲うように延びている。広場の真ん中には騎士の石像があった。彼は都市門の方に睨みを効かせている。
その足元にいたアクスが大きく手を振る。
隣には笑顔の少女がいた。年齢は十二歳。正真正銘の少女だが、身長はイラーザより少し大きかった。
ごく薄い緑色の髪の毛、深い緑色の瞳を持っていた。
「こんにちは!私ライム!イラーザさんよろしくね!お姉さん魔法使いなんでしょ!すごい!お姉さん十八歳なんでしょ!信じられない!私の友達と変わらないよ!不老の魔法なの?」
イラーザは思った。
元気だ。素直で明るく、女の子らしい少女です。きっと世の理想的な両親に愛され、大事にされて育ったのでしょう。
苦手なタイプです。
闇の者は一般人に気取られてはならない。イラーザは対人擬装用の表情を強化する。
そのまま四人は広場に立っていた。
雑踏の音は聞こえるが、先程から会話はない。ちょっと前にポールとアクスが世間話をしてから会話が途切れている。
イラーザは正面を向いていた。
正面と言っても広場の植栽横の屋台が見える位置を見ていた。
その屋台への客足は遠く、商人は暇を持て余して、先程から何度も欠伸をしている。
何故そこに彼女が目を向けているかというと、彼らと目が合うと面倒だと考えていたからである。
ずっと途切れたままの会話を不審に思い、彼女は屋台に向けていた視線を下方に向けつつ戻す。水平を向いたまま、戻すと目が合ってしまうからだ。
メンバーの足の向きを確認する。
なんとライムの身体はイラーザを向いていた。そのまま視線を上げる。胸も、顔もばっちり向いていた。
弾けんばかりの笑顔で彼女を見ていた。
イラーザは慌てる。
このガキは何を待っているのですか?私に何か…喋れと?
『ちょっと会ってみるー?』
イラーザは昨日そう言われたのだ。
ポールの、そんな軽い誘いに乗っただけで、こんな苦行が待っているとは…。
視線を探られぬよう素早く他に目を動かす。
なんと、彼らの足先もイラーザを向いていた。足、腿、下腹、胸、じわじわと上方に視線を動かしてみると。
やはり、ポールとアクスもイラーザを見ていた。
ああ、そうなのですか?これが親睦会的な?だから、会話しないと終わらないのですか?ひどくないです?
身長、体型はともかく。私の方が大人だから…。何か振れと。振るのが当たり前だと?ひどくないです?拷問ですか?
どうしましょう。この石像の事でも聞いてみましょうか?
いや、聞きたくない。どんな素晴らしい逸話を聞いたとしても私の口から出る言葉は決まっている。へえ…です。
次に言葉を生み出すハードルがもっと上がってしまいます。
親睦…親睦ですか。お互いを知る…。
イラーザは苦悶の表情を浮かべる。
これだ。これしかない。一応、私も一ミリくらいは興味がある。
「あの、あなたはどうして…」
「ライム!ライムって呼んで、イラーザお姉ちゃん!」
イラーザは人の名前を呼ぶのが苦手だった。特に初対面では厳しい。だが相手は子供だ。素直に聞いてやった方が早い。額に汗し、心を殺して言い直す。
「ライム…はどうして、危険な所に薬草採取に?」
「私が貴重な薬草を見つけると、みんなが幸せになるの!皆がお腹一杯になれるんだって!」
イラーザは心底ホッとした。実は少しの緊張も感じていたのだ。
お母さんが病気なの。お父さんが死んじゃってお金に困ってるの。そんな悲壮な決意を持った果てでの冒険の可能性も考えていたからだ。
それでは邪険にできないし、会話も続けられないと危惧していた。
素晴らしいです。そうですか。恵まれたお嬢様の慈善活動ですね。はいはい!頑張ってください。私にはそんな気持ちがなくて済みませんでした。
眩しい、眩しいです。ちょっと離れてください!
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