第100話

*ギルドヨウシ支部


 堅牢な石造りの二階建て、一階部分には窓の少ない建物である。エントランスの階段は二段ほど。石段は丸みを帯び、歴史を感じさせる風格が備わっていた。


 端の部分を厚めの金具で補強された、重厚な扉の前に立つ少女がいる。彼女は先程から扉の前で戦っていた。

 イラーザである。彼女はギルドの扉を開けようと奮戦していたのだ。


「はあ…」


 ため息を一つ吐いた。

 重くて動かない…だからなんで、こういうドアはごっついんですか。無駄に頑丈に作るのやめて欲しいのですが!


 ギルドの表玄関の、重厚なドアをイラーザは開けることができなかった。

 運悪く人の出入りもない。


 仕方ない。もう少し頑張りましょう。

 イラーザは、扉も開けられないのは冒険者として格好悪すぎると思っているようだ。足を置く場所を少し後ろにずらし、そして思いっきり息を吸った。


 『ぬおおおおぉ…』


 両手両足を思い切り突っ張って、扉を押し開けようと力を込める。と、その時、いきなり対象物がなくなった。


「ああ!」


 いきなりドアが開いたのだ。


 扉に対し、突っ張り棒のように頑張っていたイラーザは、スーパーマンのように、空を飛んだ。とても短く。

 そして床に投げ出された。


 一体何が?イラーザは思ったが犯人が声を上げる。

「す、すまん。開けてやろうと思ったんだが…」


 そこには男が立っていた。どうやら後ろから、苦戦する彼女を見て、ちょっと手伝ってやろうと扉を押したのだ。


 年齢は五十を超えた位だろうか。白髪混じりの髪は少しクセがあるが、丁寧に後ろに撫で付けられている。がっしりとした体躯の渋い感じの男だった。


 彼は、床に伏したままのイラーザの両脇に、臆することなく手を差し込み、軽々と持ち上げ床に立たせた。


「ごめんなお嬢ちゃん。おじさん悪い事したなぁ」

まるで子供に対する扱いである。


 叫び声でも上げて、この親父を痴漢として引っ張ってもらおうかと、イラーザは思ったのだが、自分では効果が薄いだろうか。そんな逡巡をしている内に、周りの冒険者の声が聞こえてきた。


「何やってんだギーガンさん」「ギルド長」「お、ギーガンじゃねーか」「あれ子供じゃないんじゃ…」「なにやってんだギルマス」


 どうやら、イラーザを空中に放ったのは、このギルドの長らしい。彼女にも、確かに物腰に余裕がある人間のようには見えていた。

 イラーザは考えを改めた。


「大丈夫かい」

「はい、大丈夫です」

 イラーザはしっとり答える。


「お嬢ちゃん、ここにはどんなご用で?」

「クエストの、依頼をしに来ました」


「あははっはは!それは大層だな。ワンちゃんでもいなくなったのかい?」

「仙人洞窟の先にあるという、獣人の村まで送って頂きたいのです」


「…ほお。お嬢ちゃん、詳しいね。なかなか本物みたいだぞ」


 そう答えながらも、ギーガンは少し違和感を覚える。随分と滑舌が良い。あれ、これは本当に子供だろうか?


「正式な依頼です。こちらのギルドに所属する、ポールさんのパーティに指名で依頼します」


「お、お嬢ちゃん…?」

「こちらの支部では無いですが、私もギルドに所属しています。年齢は十八歳。そろそろ、お嬢ちゃん扱いはやめて頂けませんか」

 イラーザはにこやかに述べる。


 ギーガンは子供に対するように、腰を落として顔を覗き込んでいた態度を即座に改める。バネが入っているように機敏に動いた。

 彼は、急激にイラーザが大人にしか見えなくなった。結構脇から深く手を入れてしまった事に気づき動揺する。


「申し訳ない。後ろから見た感じが、ちょっと子供にしか見えなくて」


「子供にしか見えなくて、すみませんでした」


 イラーザは上手に圧力をかけた。口元は笑っているが目は真面目だ。更に重しを乗せるのを忘れない。


「先程は、丁寧に抱き起こしてくださって、本当にありがとうございます」


「いや、その…」

 ギーガンの顔は青くなった。見物人たちは忍び笑いをする。あちこちで声が上がる。ギルドの係員も、冒険者も一緒になっていた。


 誰もギーガンを助けに来ない所がイラーザには受けた。彼を含めて雰囲気の良いギルドだと感じた。もし、トキオが見つからなければ、ここでしばらく仕事をしても良いかなと、考えた程だ。



 イラーザはこの後、受付カウンターではなく、支部長室で、依頼書を書いた。


 この際、豪勢なお茶菓子と良い紅茶が振る舞われた。


 彼女はこの旅で何ランクも対人スキルが上がったようだ。

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