第99話

*森林


「おーい、貴様らー!何をしてるー!」


 藪を鳴らしながら、突然現れたのは朱色の頭巾を被った中年男だった。

 後ろから若い男が二人続いて出て来た。


「なんだおい、どうしたよ?」

「なに、なに⁉︎」


 彼らが現れたことで、山賊たちは森に逃げ出した。


 最後の時、藪に半身を入れた大男はぎょろりとした目を、鬼のような形相を、イラーザに向けて唾を吐いた。


 イラーザはそれに対して、もう届かないとわかっていたが魔法を放った。普段より三十パーセント増しの威力だった。やはり敵をしとめることは出来なかった。


 

 緩やかな坂を上ると、遠くヨウシの都市壁が見えてくる。イラーザは一息ついた。


「ありがとうございました」


「だめだよー。腕に自信があるんだろうけどー。あんな所に女の子がー」


「すみません」


 藪から現れた彼らは、あの道の先にある、洞窟調査の帰りの冒険者だった。街に戻るなら、一緒に帰ろうと申し出てくれたのでイラーザは一行に加わった。


 一行のリーダーはポールという。朱色の頭巾。傷だらけで武骨な体つきをしている

が、のんびりした口調、笑顔以外の顔が想像できない、笑顔の男だ。


 一般の人には好かれるでしょう。イラーザの初見の感想である。


「俺にも君くらいの娘がいるんだよー。可愛い娘でねー!家に帰る度に、お土産は!お土産は!って抱き付いてくるんだー」


「私はこれでも十八歳です」

「おいおい、本当かー。ちょっと信じられないなあー」


 だから胸を見んじゃねーよ!


 イラーザは胸に秘めた言葉を、おくびにも出さない笑顔を、恩人たちに向けていた。今回の旅で、対人スキルが大分上がっているようだ。


「まじかよ、オメー俺、とタメ?」

 若者の一人、黒髪長髪の男が顔を覗き込む。彼は妙に口が大きい。名前はジム。先程名前を聞いたが、イラーザはもう覚えていなかった。興味がない。


 だが、丁寧に突っ込みだけは入れる。

 だから、なんでいちいち胸を見るんですか?

 おまえらはあれですか、もしかして女性の年齢をそこで計っているんですか?


 年寄り相手でもそうなんですか?

 あ、聞きたい。聞いてみたいです。知りたい事柄です。トキオさんに会ったら聞いてみましょう。

 ああ私は、はたしてそんな会話をできる仲になれるのでしょうか。

 一瞬イラーザは夢の世界に入っていた。

 

「見た目はともかくよ。無茶すんじゃねーよ?

俺らが通りかからなかったらオメー、大変なことになるとこだったんだぜ」


「いや、待ちなよジム。イラーザはまだ負けてはいなかったじゃないか。

 それに…あのセリフ。すごかったよね、私の死体をって、聞いた事ないよ!

 僕、本当ゾクゾクしちゃったよ?」


 ジムに注意したのは、黄色に近い金髪の巻き毛の男である。名前はアクス。痩身で、身長は低め。少年の体型に近かった。

 彼はそのセリフの終わりに、イラーザにパチリとウインクした。


 イラーザの初見は、まあまあの美男子。腰の軽そうな男だったのだが、彼女はここで考えを改めた。きもいナルシーである。


 アクスは、あからさまにはイラーザの胸に目を向けなかった。

 こいつは、女の視線看破力が鋭いことを知っているようです。小賢しい。でもチラ見してました。



「君、魔法使いなんでしょ?すごいよね二重詠唱できるなんて。どのくらい使えるの?」


「…初級と言われるものは、ほぼ使えます」


「すごいね!魔法使いって言ってもさ、まるで呪文覚えなかったり、属性によっては使えない人もいるんでしょ、もう覚醒してるよね?」


「……そうです、詳しいですね。皆が全てを覚えられるわけではありません。

 得意不得意もあります。環境や性質によるのでしょう。

 でも私は、魔法と言われる物の全てを覚えるつもりです」


 闇の王子の僕なら、そのくらいできないと。心で呟いた。



「それは無理だろ!それは魔女か、闇のギフト持ちにしかできねーよ」

 

 闇のギフト持ち。この世界に時々現れる異能力者だ。何故か、公の鑑定盤でも読み取れない特殊な力を持つ存在だ。正当な恩恵は鑑定盤で読み取れる。

 トキオもこれにあたる。

 

「願わなければ叶わない。私の師匠の言葉です」


「いや、でもよ…」

「やめとけー、ジムー。だからおまえはモテないんだよなー」


 リーダーのポールがジムの言葉を止めて、爽やかな笑顔を向ける。

 彼が笑顔でしゃべりだすと武骨な身体の印象が消える。


「イラーザちゃん、俺は良いと思うぜー。願わなければ叶わない…事実だよ。良い師匠さんだなー」


 少し照れて俯いたイラーザをどう思ったのか、ポールは手を伸ばす。

「凄いな、でっかい夢見てて、お父さん嬉しいぞー!」


 イラーザの頭が乱暴に撫でられる。視界がグラグラと揺れる。

 馴れ馴れしい。私に父親はいませんけど。


「でも今はまだ、それほどじゃないんだろー。もう、一人で森をうろうろしちゃだめだぞー」

 ポールは視線を下げてイラーザにしっかりと目を合わせた。


 他人を思いやる、親切な目線を向けられて、こういうのが苦手なイラーザは目を伏せるしかなかった。


「…すみません」

 


 アクスが進行方向に背を向け、後ろ歩きしながら笑顔で語りかける。


「ねー、仙人の洞窟を抜けるならさ、僕らと一緒に行けばいいんじゃない?」

  


 壁門を越えた所で別れ、ギルドに報告に行くという彼らをイラーザは見送った。


 彼らが遠ざかると、彼女は物陰に隠れ、対人擬装用の表情を引っ込める。


 眉間にしわが寄る。目が半分閉じられる。


 持ち前の、何か困りごとを抱えているような眼を彼らに向けた。

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