第97話
*森林
「おいこらー!姉ちゃん…どういう事だ?人の顔見て、なに逃げてんだよ!」
背後に詰めた大男は、イラーザの思った通りの声かけをしてきた。
目付きの悪い小男も、顔の下半分に布を巻いてしっかり顔を隠している。間違いなく、これから悪いことをする時の山賊スタイルだ。
「ひっひっ、ヒュ、姉ちゃん不用心だねえ。こんな所に一人でよう」
「おら、持ってる物を出しな!」
「私は魔法を使います。黒焦げにされたいですか?」
「ひっひ、しゅごいねえ、お嬢ちゃん魔法使えるのか。でも同時に二発撃てるのかい?」
小男は狡猾そうな目を眇め、間合いを更に詰める。
「一発撃ったら終わりだ。俺を怒らせると大変だぜ?引き倒して、裸にひん剥いて無茶苦茶しちゃうぜ?」
額の禿げあがった大男は、手で何かを捕まえて腰を振る素振りをする。
「お嬢ちゃん、その魔法は俺たちを瞬殺できるほどの威力なのかい?」
ザッザッ。
小男は身体を斜に構え、一歩ずつ前へ詰めて来る。
「火傷させられたら俺は切れるぜ。子供だって関係ねえ、すげえ乱暴にするぜ。
泣いたって許さねーよ?」
大男は更に激しく腰を振る。彼が掴まえているものの大きさは丁度イラーザの腰くらいのサイズに調整されていた。
二人は、代わる代わるに脅しをかけながら、一歩一歩距離を詰めて来た。
イラーザは呪文を呟く。手の周りでマナが煌めく。
「虐げられた…憤りを見せよ、闇の眷属…」
「おい!撃ったら終わりだぜー‼︎」
大男が大声を上げ、呪文の構築を止めようとする。
イラーザは割と冷静だった。
撃ったら終わり。でも撃たなくても終わりだ。撃つなら早い方が良い。
私はそこらの村娘じゃない。一人で旅立った冒険者です。このくらいの危機は幾度か乗り越えてきてる。
素早そうな小男から先に焼きます。放つと同時に魔法を構築、振り返って撃つ。その時の大男との距離は二メートルを切っているだろうけど、身をかわしながら放てば、ギリギリ間に合うはず。
私のファイアでは、一撃で人の戦闘力を奪うことはできないですが、炎を浴びせられて、そのまま躊躇せずに進めるわけがない。
「…全てを灰塵に帰せ!ファイア!」
残念ながら、イラーザは予定通りこなせなかった。
彼女は極限まで神経をとがらせていたので、トキオのそれとは違うが、時間がゆっくりと感じられる世界に入っていた。
なんと小男は、彼女が魔法を放つ瞬間を見越していたかのように避けたのだ。体を折り曲げ、地上すれすれを斜めに走る。
木立が密集し薄暗い森の中で、燃え上がった魔法の炎が、見開かれたイラーザの黒い瞳をオレンジに照らす。
炎を避け、大回りに迫り来る小さな山賊の半身も照らされていた。その影が尾を引いて黒く地面に伸びる。
イラーザは、彼が避ける事をまるで予想していなかった。
ダンジョンに現れる低級なモンスターは決して避けたりしない。
それだけで彼女はパニックになってしまった。
即座に構築しながら振り返るはずが、呪文を構築することすら忘れてしまった。
どうしよう、避けるなんて。彼は今いないのに…。
考えても仕方ない方向に心が向いてしまう。
大男の体重が乗った重い足音が、背後に迫る。だがイラーザは振り返れない。小男は、もう眼前に迫っていた。
手にしていた魔法使いの証、杖を振り回すこともできなかった。
彼女は背後から、ぶつかられ、吹き飛ばされるような衝撃を受けたが、押し倒されはしなかった。大男に抱すくめられ、細い両足が地面を離れる。
「ぐっふふふ。捕まえたぞー!」
背中から回された男の手がイラーザの胸の前を通って、反対側の脇腹まで届いていた。もう片方の手は腹部を通り、腰の背まで届いていた。イラーザの身体は小さい。ほぼ一周してしまっている。
「ぐっふふふ、細っこいなー、姉ちゃん!けど、なかなかに柔らかいぜー!」
イラーザを持ち上げた、男の大きな顔が彼女に頬ずりする。顔の下半分を布で覆っているので一往復目では何も感じなかったが、二往復目で男の頬と触れてしまった。べっとりとした触感とざらついた髭が皮膚に触れ、彼女に伝わる。
自身を抱きしめる腕の、まさぐる手指の、押し付けられる股間の、その触感が稲妻のように彼女の背筋を走った。
「ぎゃあああああああー!離せークッソがーーー!」
イラーザは切れやすい。
切れた時の彼女は全開で切れる。自暴自棄になり、敵を殲滅するためなら何でもするような所がある。
その覚悟をイラーザは持っている。
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