第85話
俺は第二シェルターで、エタニティリザーブを更新した。
して見せた。
場所は新たに作り出した。ミドウ領からもそう遠くはない所だ。
やはり、人気の無い高山帯を選んだ。構造は前回と同じような作りだ。今回は横穴を見つけ、大岩を動かして入り口を塞いだ。
やってやる、そう決めていた事なのだが、喪失感がすごかった。
だがもう、済んだ事だ。やり直すことはできない。
妖精のような美しい少女に、一発やらせてくれと頼んだ、バカな男がいたことが、この世界に固定される。
事実が、記憶が確定した。
俺は言ったんだ。ちゃんと言えたんだ!事実だ!
「ヒャッホーーー!」
叫んではみたが、思ってた感じとなんか違かった。薄ら寒い。
いやいや、これでいいはず。あの時、彼女は俺を受け入れてくれたんだ。俺なんかに、手を差し伸べてくれたんだ。
俺は、得難いものを手に入れたはずだ。
「はあぁぁ…」
おかしい、最良の選択をしたはずが、何故ため息が出るのか…。
俺は異次元収納から通信箱を取り出す。
リッチラン軍のドルツが、遠くに放り投げようとしていた物だ。
俺の、紐魔術アンド唐辛子ペースト攻撃で、自由を奪われ、地面を這いまわっていた時に、奴が放り投げたんだ。
俺は最初、目の端に映ったそれを気にしなかった。
だが俺は、あの時を何度も繰り返した。ドルツは毎回必ずそれをしていた。
よっぽど重要なものなのだろう。
気にかかって、最終的にタイカを倒した後に、見つけ出した。岩の窪みに挟まっていた箱を手に取り、正体を知ると、即座に異次元収納にしまった。
通信箱。俺はこれを見知っていた。
革紐が固定され、手から取り落とすことがないようされている。贅沢な装飾を施された大変貴重なもので、庶民や奴隷だった俺が手にしたことはない。
貴族や軍人が使っている姿を何度か見ていた。
その時は、携帯電話みたいだなと思ったもんだ。マジで欲しかった。
勿論、金目のものだからパクったわけじゃない。これは、対になる箱がなければ価値はない。
誰かがそれを持っているはず。
ドルツが連絡を取る人物。それは敵将だったマカンだろうと、俺は考えた。
アリアーデ好きの変態だよ。
これにスイッチはない。特殊な魔石を、分割した物が収められただけの、単純な構造の魔道具だ。
要するに常時垂れ流しなんだ。携帯電話を通話中にしたままポケットに入れてしまった状態だ。とてもヒヤッとするヤツだ。あれビビるよね。
こちらの手に渡ったと知れれば、対になるものを使う馬鹿はいない。始末されるだけだろう。
だから異次元にぶちこみ、即刻、通信を遮断した。
前回、戦闘が終わり、エタニティリザーブを新たに刻む場所を探している時に、取り出して聞いてみたんだ。
馬が駆けるような音がくぐもって聞こえ、対の箱がまだ生きていることを知った。
それから、こちらの音が漏れないようにしてずっと聞いていた。
そして、あの会話を聞いてしまった。
『マカン様…なのですね』
『パナメー、お前はどこにいる』
『北の砦が吹き飛んだと聞きました。なので、私もついにお役御免かと…』
−−−こんな会話を。
マカンとパナメーとの、謎に包まれた会話を。
パナメーとは、多分あの時、首を切られたのに現場から消え失せた村娘だろうと俺はみている。
マカンは死んでいなかった。北の砦をすでに脱していた。
確かに死者はゼロだし、それらしい奴はいなかった。考えたくなかったので消し飛んだに違いないと思っていた。
『あいつに殺された後、すぐに帰国の途についた』
マカンはそう言った。
俺との戦いで生じた疑問を口にし、パナメーに俺を調べるよう命じた。
そして述べた。
『代わりが出来たら合流する。今度は誠実な感じで行こうと思う』
わけがわからない。
純この世界産の人間には、理解不能だろう。だが俺は違う。
ラノベやアニメで、数々のストーリーを体験している俺には容易かった。
マカンはタイカに憑依していたんだ。
それなら目つきが似るのも、大盤振る舞いで他人に能力を与えるのも、文句無しに腑に落ちる。
与えても、貸してもいない。憑依して操っているんだ。
そしてどうやら完全に操れる。タイカは、タイカであってタイカではなかった。
マカンにとって、能力を分け与えるというのは、自分のコピーを作るのと同じだ。
デメリットは無い。
実物のマカンが、他人に憑依している時に、どうなっているのかはわかりようもないが、俺はそんなふうに結論づけた。
恐ろしく危険な能力だ。
マカンはアリアーデをあきらめてない。不死のお姉さんも派遣されている。
放ってはおけない。
俺はいずれアリアーデの所に戻らなければいけないだろう。
俺は、通信箱を放り投げては手で受ける。あの時、マカンがこれを使ったのは非常時だったからなのだろう。
あれからはずっと無音だ。会話が聞こえてくることはない。
もう、持っていても仕方ないが、俺の倉庫には余裕があるのでしまっておく。
これを忘れることはなさそうだ。
さてどうするか。今すぐにミドウへ戻るのはカッコ悪すぎる。
もうちょっと記憶が薄れてからにしたい。
"ほらあれ、約束したよね?"
って、それが目的で戻って来たと、アリアーデに思われるのは死ぬほど嫌だ。
超避けたい。
俺はいつでも…こんな小さい事を気にしている。
いや、これは小さくないよね。
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