第84話

*シカランジ城


 銀の髪、銀の眼、そして心も銀でできている。アリアーデはそう言われて来た。


 ツェールは思う。今までとは何かが違っている。

 変化の匂いを見てとった。誰よりも早く。私がそれを、その変化を最初に見てとったと言いたいのだ。


 全てを風景のように見る、銀の瞳に生まれた煌めきを。彼女の心に新たに生まれただろう和らぎを。



 実はツェールも、具体的には何も感じ取れてはいなかったのだ。だが、前述の想いが為に無理矢理に何かを感じとろうとする。


 ツェールは今一度、愛しい妹を見る。そしてそこに気付いた。

 凛とした。背筋を伸ばす超然とした様に、誰も気付くことはないだろう。だが、彼女は沸き立っている。


 そうだ、判った。彼女の何かが変わったのではなく、希望がある。なにか愉しそうなのだ。だがそれは、恋する乙女のそれとはやはり違って見える。


 面白いおもちゃを見つけたような感じだ。

 ツェールはそれを心配する。


「ではお前は、好意を持った男に逃げられたわけだな…悲しくはないのか?」


 彼とて、平気で発した言葉ではないのだが、彼女は衒いもなく返す。

 何を当たり前のことを聞くのですか。兄上はうつけですか?

 そんな顔をしたわけではない。粛々と述べた。


「戻ってきます、必ず」


「探しには…行かないと?」


「すれ違います。あ奴が私を見染めておるのは間違いない事なので」


 ツェールは感心する。


 恐ろしいほどの自信だ。恋愛とはそういうものではないはずだが…。

 まあ、我が妹アリアーデを好きにならぬ者はいない。間違ってはいないな。


 ツェールは過度のシスコンだ。



「ところで、トキオ殿は平民ではないのか?」


「人の命は同じ価値、あ奴が言ったことです。私は真理を賜りました。好いております」


 彼女は、執事が本日の予定を伝える様子であった。


 しかしツェールは、そんなアリアーデに見惚れた。

 そういう顔して言うセリフではない。だが、とても良い。似合っている。


「それを彼に伝えたのか?」


「それは得策ではないと考えます。私は彼に特別な事は何も致しておりません。なのにあ奴は、私を気に留めているようです。ならば私は私であるべきなのです」


 ツェールは思う。

 さらっと言ってのける。さすが我が姫アリアーデ。

 だが、男はこれでは堪らないだろう。

 どうやら彼女に生来備わっていた、サド的な気質が開花し始めているようだ。


 悪くはない気がするが…。どっちかというと良いと思うが…。良いな。



「兄上、父上の事です。亡くなったというお話ですが、やはり私は信じられません。あの方は恐ろしい強運の持ち主です」


「そうだな。まだ御遺体も見つかっていない。私もそんな気がする」


「では、私が出奔しても何も問題ありませんね」

「どういうことだ?」


「トキオが迎えに来たら、私はついて行きますから」

「かわいそうじゃないか?」


「兄上、どういうことですか」

「いや……そうだ、私もついて行こうか?」



「お戯れを、兄上。国を守ってくださいませ」

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