対決
第82話
岬の断崖の上に、緑の濃い丘があった。
小さな花が咲き、蝶が辺りを舞い飛んでいる。少し沖を見ると、海に突き出た雄々しい黒岩に、波が当たって砕けた。
うねりを伴った大きな波が次々と押し寄せる。
何度も何度も寄せては返し、その度に白波が砕け散った。
やがて夕凪の時が訪れ、波は穏やかさを取り戻す。少しずつ、海は空を映す鏡面のように凪いでいった。
このシーンはあれだよ。
アリアーデと俺の、逢瀬の比喩的表現じゃないよ。
ただ、俺の目に見えた事実を描写していただけだよ。
何もしてないよ。
「ああ…」
無理だよ。あんなの無理だよ。
そうだよ。俺は逃げたよ。
でも、怖かったからじゃないよ。あれでやったら男が廃るでしょ。
これは恋だね。前世の俺が、二十七まで食った事なかったヤツ。
なんか俺、恋しちゃったみたいなんだ。
彼女が、あの話を飲むとは思ってなかった。全く思ってなかった。
まさかだよ。だから逃げた。
尊かった。
信じちゃったんだ。
あの、人を信じられるような感覚を失うのが怖くて逃げたんだ。
あれ…結局、怖かったようだ。ごめん、前言撤回だ。俺は怖くて逃げてた。
アリアーデの前から吹っ飛んで逃げて、たまたまこの海を見つけ、丸一日寄せては返す波をぼんやりと見ていたんだ。
ここはアリアーデの領、ミドウの隣のギバー領だ。遠くに都市壁に囲まれたヨウシの街が見えるが、人気は全く無かった。
この辺りは風が強くて草しか育たないようだ。ゴロゴロした岩と背の低い草しか生えてない。
一晩中風に煽られた俺の髪型はサイヤ人みたいになっているが、問題ない。
誰に声かけられることもなく、ここに居た。
そういえば俺は、自身の容貌を語っていなかったな。
こういう所に一晩いても違和感ないタイプだ。小さい男が小さい悩みを抱えているんだろう。放っておこう。そう、即断される系だ。
いや、別に背は小さくない。普通だ。アリアーデよりほんのちょっと高い。彼女の背が高いんだよね。あの娘はすらっとしてるから。
髪色は焦茶。黒にも見える。眉毛はキリリ…とはしてない。目は主張がないな。
まあ、とにかく普通だ。電車で吊り革に掴まっていても、コンビニのレジで働いていても、二度見されたりしない男だ。
とりあえず、こんなしょぼい俺でも、あんな気持ちになれたんだ。俺歴史に燦然と輝く素敵なエピソードだ。十分だと思う。
俺は、あれを失敗とは言わない。素敵な思い出だ。
実はエタニティリザーブは、アリアーデを攫う前に作っている。
エタニティリザーブは俺が死ぬまでキープされる。
その気になれば、やり直すチャンスはあるんだけど、近々更新する予定だ。
断じて使わないさ。
なんか知らんがあの、俺に手を伸ばしてくれた彼女の絵が失われるのが嫌だ。
彼女は、俺を見てくれた。
みっともない事も言ったけど、事実として残したいんだ。
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