第79話


 あの木の下まで行け。


 アリアーデが、爆砕石でマカンを道連れにしようとしたシーン。

 俺は、あの時、彼女が指定した木の下に居場所を決めた。


 彼女に見つけて欲しいとか、そんな乙女チックなことを思っていたわけじゃない。

 いや、思っていたかな。少しすると騒ぎは起こる。


「あれは!」

「トキオ殿が戻ってきてる、アリアーデ様にお知らせを!」


「あの野郎、帰って来たのか」


「どこだ、トキオは!」


「トキオ殿はあの木の下に!」

「あれが、トキオ殿か?」



 来た。アリアーデの声が近づいて来る。エナン、クラウンの声、そして知らない男の声。アリアーデの兄貴だろうか。


 俺は皆が近づく方に背を向けて、幹に顔を伏せている。



「トキオ、一体どこに行っていたのだ」


 アリアーデの平坦な声が近い。一番近くに来てくれた。


 俺は振り返る、魔物顔で。

 あれだ。ガーを助ける時に作ったメイクだ。


「なっ」


 アリアーデは止まり、クラウンは驚いた。振り返ると他にも兵士が集まっていた。知らない奴らもいる。


「ヒッヒッヒッヒ、報酬を頂きに参った」

「トキオ…?」


「おまえは誓った、なんでも差し出すと。俺は望みを叶えた。報酬としておまえを頂く」


 何も言わせなかった。


 俺は、アリアーデを捕まえると彼女の重力を断ち飛び立った。


 本当は、雰囲気たっぷりに空中に上がりたかったのだが、ゴールデンエナン犬が噛みついて来たらたまらない。

 あいつに、アリアーデの足にしがみつかせてしまったら最後。離れるわけがない。


 ロケットもかくやの勢いで上空に達する。

 下々が何やら吠えていたが、ほとんど意味を持って聞こえなかった。俺は恐ろしいくらいに緊張していたし。



 耳を掠めていく、風の音だけが聞こえる旅路を終え、俺とアリアーデは、北の砦の跡地に降り立った。周囲に人影はまるでない。


 まず嬉しかった。アリアーデが本気で拒否れば、俺はタイカの手首のように千切られていたはずだ。本当に良かった。


 俺が、どういうつもりなのか話くらいは聞いてやろう。それくらいの親切心は持ってくれているようだ。


「トキオ…ここは」



 アリアーデ。なんと強い女子か、まるで怯えた風合いはない。地面に降り立ち手を放すと、変わってしまった地形を改めて見回していた。

 そして問う。


「その化粧はなんだ」


「俺は実は魔物なんだ」


「…そうか」


 アリアーデは、まじまじと俺を見たがそれだけだった。

 それだけ?


「それでなんだ、お前は私を虜にするつもりなのか」

「いや、あれは後々のため…」


「後々」


 本当は、もう城には戻らず、立ち去ろうとも考えていた。

 恰好良いって、そういうことでしょ?


 でも、それは逃げじゃないかと思ったんだ。前世の、事なかれ主義の、物わかりの良い。無欲の羊を演じていた俺じゃないのかと。


 そこで決めた。


 どうしてこの結論に、その要求に辿りついたのか、俺自身良くわからない。

 だが、決定はさせていた。


 だめで元々なら、やってみようと!せっかく異世界転生したのだから、少しはアグレッシブになるべきだ。


 それにどんなことでも、もう少しだけ、彼女に関わりたかった。本音をぶつければ、本音が返って来る。聞いたことがある。


 俺は勇気を出した。

 こんなに勇気を出した事は、今までに無かった。


「アリアーデ、俺に感謝しているか」


「ああ、もちろん感謝している」



「俺が、簡単に奴を倒したと思っているのか」


「どう手をつけていいかわからない程の戦いだった。彼もおまえも、死力を振り絞って戦っていた。正しく勇猛な戦いだった。

 おまえは命を懸けて戦ってくれた。手を出してしまったことを詫びる。

 あれ以上は見ていられなかった」



「覚えているか、おまえは俺に何でも差し出すと言った」


「そうだな。何を引き換えにしても、余りあると思っている」



「いや、おまえは運命を変える前に、俺にそう誓ったんだぞ!」


「そうだな。私は誓っただろう。

 あの状況なら願う。彼らが掻き消えた時、私は絶望しそうだった」



 あれ、おかしいな。全然、俺の予想チャートと違うんだが…。

 まるでシミュレーション通りにいかず慌てる。


 何でもするって確約したのは、消えた世界での一幕だ。


 確定した世界では、約束まではしてない。

 俺はまず、彼女に法外な要求をして、徐々に望みをディスカウントする気だった。


 具体的には嫁から恋人まで下げていき、それでも無理というなら、落としどころとして、この要求をするつもりだった。


 困った。こんなに真摯に向き合ってくれる相手に、結婚しろとか、恋人になれとか、とても言えなかった。


 だから途中をすっ飛ばして要求する。


 俺は人として、最低の事を言おうとしていた。

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