第78話

 リッチランの奴らは逃げだした。


 昔彼らが勝ち取って、拡張していた領土まで放棄して撤退したようだ。

 そりゃ、あんな光の玉見たらビビるよね。


 当分、攻めて来ないだろう。そして、ニュースがある。

 先の謀略で行方不明になっていたアリアーデの兄貴が、味方部隊と共に森に落ち延びて、生存していたらしい。


 リッチランの撤退で、やっと連絡が取れるようになったようだ。

 これでアリアーデも安心だろう。頼りの兄貴が帰ってくる。良かった。良かった。


 終わった。

 終わったはずだ。全て終わった!


 もう良いだろう。そう思った臆病な俺がする事はただ一つ。俺にとってこの世で一番大切な事だ。最優先事項だ。


 俺は安全なシェルターを作り、エタニティリザーブを更新する。


 適当な場所を見つけるのに一日。失った全魔力を回復するのに一日。合わせて二日かかった。



 そして俺は、ミドウ領シカランジに戻って来た。


「うはははー!ふっかーつ!」


 俺はもう無敵だー!殺そうったって殺されないぞー!

 …みたいに、元気よく帰って来られるようなキャラじゃないんだ。


 なんか、城に入りづらかった。

 ほとんど何も告げず姿を消して、どういった感じで帰ったらいいのか。


 帰る?大体、ここ俺の家じゃないよね?

 俺って別に、彼らのダチじゃないし。助っ人っていえば間違いないけど。なんか距離感がつかめなかった。


 こういうところを気にしてしまってはダメだ。前に進めない。というわけで、俺は城の屋根に座っていた。



 厨房の煙突から何やら煮る匂いが漂う中、前に俺が磔にされていた柵をぼんやりと見ていた。なんか薄ら寒い。


 見渡す平原には色とりどりの畑が広がり、所々に防風林が並んでいる。働き者の領民達は、もう農作業を始めていた。


 平和だ。

 マカンは…いやタイカは、奴らはあの辺から馬を並べて駆けてきた。畑を横切って、アリアーデを捕らえようと。


 …無かったことになったな。

 俺様のお陰だ。



「ラギー、どうしたんだ。こんな所まで一人で。ダメじゃないか家で安静にしていないと」

「ごめんなさい。あんたが家にいないと落ち着かなくて。なんか戦争終わったの、夢だったんじゃって…」


 屋根の庇から覗いて見るとプリキスと、その嫁だった。

 へえ、彼女。いつもはあんな、般若顔じゃないんだな。


「なんか、あんたが死んじゃう夢を、見ちゃって…」

「バカだなあ。ラギー、俺が死んだりするかよ」


 死ぬよボケ!めちゃ死んでたよ!えーと、確か四回死んだよ。おまえは、死のスペシャリストだよ。堂々一位だよ。同率の奴もいるけど。


 二人は仲良さげに歩いて行く。

 おまえのせいで、アリアーデ泣いてたんだぜ。知らねーだろ。おまえはあの娘を泣かせられるんだ。


 奴のおかげで、消えてしまった世界が俺の心に色を持って蘇ってくる。色々な事が、なかった事になったんだ。

 死の淵にいたアリアーデ。負傷したカリーレ。格好良かったエナン。


 そして、鮮烈に覚えている。あの時のアリアーデの笑顔。素敵だった。抱きたい。

 彼女のことを想うと胸がもやもやする。


 時間停止のストックはあと二回。あれからまるで増えない。まあ、岩石落としたり、悪い事しかしてないからな。


 でも俺は行使する。俺の世界に皆を招待する。


『時間停止』


 城の入り口はちゃんと確保してある。さっきアリアーデらがいた窓は開いている。

 そこへ、忍者も真っ青な感じで垂直に壁を歩いて行く。


 アリアーデそっくりの美形の男がいる。間違いなくコイツが兄貴だろう。銀の男とか言われているのかな。いや、銀の息子だよね。そう言われていて欲しいよね?アリアーデは銀の娘と言われているんだから。


 ソファにかけ、笑顔で会話するアリアーデ。

 肘を上げ、何か身振りで説明していた。ちょうど良い隙間を発見。俺は彼女の膝の上に頭を滑り込ませる。


 アリアーデたんの膝枕ー!ああ…なんか、全然硬いー。ゴリゴリするー。


 あっ、硬いけど下から見た胸の膨らみがリアルだー。いいねえ。立体だね。細い顎の下のラインも綺麗だ。

 いつかこうしてみたいね。されたいね。


 ゴリゴリと硬い膝上から頭を抜くと、アリアーデをじっくりと眺めた。右、左、斜め45度。良い。どの角度から見ても鑑賞に堪える。


 兄貴の前のテーブルに座ると、アリアーデが親しみを込めた瞳で俺を見てくれる。

 そうだろ、そうだろ。俺は頑張ったからな。はっはっは!


 後ろに立って、ちっともふわふわしてない髪を撫でる。髪の毛一本でさえ揺るぎはしない。新素材の針金か。


 頬に指を這わせ、グラデーションの効いた淡いピンクの唇を触る…触ろうとして止める。


 犯されざるべき領域に感じたのだ。


 そういえば、さっき胸も触っていない。痴漢じゃないと言い張って、今まで皆にナチュラルに触れていたのに。


 この娘を簡単に穢してはいけない。


 俺は何を言ってる?


 何を今更。俺はこの娘の乳首を突いた事があるのに。


 俺は自分の変化に怖くなった。

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