第76話
俺のいきなりの大言に、言葉を失っていたアリアーデらに述べる。
「面倒くさくなって来たんだよ。もう終わらせる。どうせ、なんだっけ?あれだ。北の砦に来てんだろ。じゃなきゃ、アリアーデ好きとしては変だからな」
「ちょっと待てトキオ。そのアリアーデ好きというのはなんなのだ」
「アリアーデが好きな生き物だよ、そういう種類の性癖を持った人間だ。アリアーデの困った顔とか、悲しみの表情に萌える変態だ」
あくまで表情は変えないが、真っすぐに俺の目を見てアリアーデは尋ねる。不思議な物を見る目だ。
「聞いたことがないが…」
「ちょっと好きな子に意地悪したりするだろ。嫌な匂いする植物とか、気持ち悪い虫持ってきたりして。そういうの、子供の時にいただろ?」
「…いなかったぞ。お前はするのか、そういう種類なのか」
アリアーデが真顔で尋ねる。両目がバッチリ合っている。真偽を確かめんとするような目だ。
誰もが畏敬の念を持ってしまう、そんな銀眼で探られてはかなわない。
俺の目は、精一杯の褒め言葉でも涼しげな目元としか表現されない簡素な物だ。やめてほしい。見透かされてしまう。
俺の怪しい性癖を、こんな所で見破られたくない。
俺は、川の方に目を向ける。
大樹の陰で微動だにせず、アリアーデに声をかけられるのだけを待っていた、ゴールデンエナン犬を呼び寄せる。
「おーいエナン!」
「お呼びでしょうか、アリアーデ様」
エナンはダッシュでやって来た。尻尾がないのが腑に落ちない様だ。
トキオの命令は、私の命令と思えという、アリアーデの命令はまだ生きているようだ。しかしバカなのか。俺はアリアーデじゃねえだろ。
「マカンは、アリアーデ好きなんだよな?」
「はい、間違いありません!」
「マカンはアリアーデだけ、狙ってるんだろ?」
「はい、間違いありません!」
キラキラとした青い目を優し気に向けるエナン。一体、今コイツの目には何が見えているのか…俺じゃないのか?
エナンの異様な受け答えが、自らの命令が原因と気付いたアリアーデが口をはさむ。
「…エナン、ちょっと待て。もういいぞ。トキオの命令は、私の命令ではない。
自由に話せ、自分の意見を述べよ」
「ハッ、本当のアリアーデ様!」
本当のアリアーデっておまえ…。
まあいい。今は、この世にそういう変態がいて、それが原因で事が起きてるって事を、アリアーデに認識させる。俺の事じゃない。
「なあエナン、マカンはアリアーデ好きのストーカーなんだよな?」
「なんだ貴様は!私になれなれしい口を聞くな!」
態度激変だ。なんて奴だよ。アリアーデの命令すごいよ。ちょっとおもろいんですけど。
「エナン、トキオはこの領の恩人だ。礼節を持って接しろ」
「はっ御意にございます!」
俺は再度問う。
「マカンはアリアーデ好きのストーカーだよな?」
「はい、間違いありません!」
素直だよ。
「エナン…お前は一体…」
流石のアリアーデにも、呆れた表情が現れた。
「まあ、お待ちください。アリアーデ様。北の砦から送られた彼の要望書をご覧になったでしょう?」
クラウンが背後から声を掛けてきた。彼は、俺がドルツを取り調べるのを見守っていたんだ。
「むっ」
「実際彼らは、私達全員を倒し、貴女を一人にしようとした。これは事実です。あれは呆れた糞野郎だ。常識で測ってはいけません」
「そう…だったな、いるのか…そういう種類の人間が」
俺は間髪入れず答える。
「いる!」
「お前も…そうなのか」
鋭いよ!なんだよ、アリアーデ。
「ふ、愚か者共が。マカン様は超越しておられるのだよ。
彼の方のご興味は、金でも地位でも土地でもない。
人だ!これだと思った人物を見る事が趣味なのだよ。
愚かな奴らめ。わからぬのか、それが人を越えた高尚な愉しみだと?」
ドルツが参加する。何故か得意顔だ。
口は軽いが、この男のマカンに対する崇拝は本物らしい。しかしすごい事を堂々と語られた。
俺は呆れた。変態も声高に語れば、人を越えた高尚な趣味に変わるらしい。
絵画を集めたり、陶器を集めたり、そういうものを高尚な趣味と自慢するお金持ちは多いが、そこに堂々とガールウオッチングを入れて来るとは。
この様子だと人前で語っているのだろう。マカン、恐ろしい男だ。
「人を見るのが高尚か。まあいい。自分の心配もできない程、一瞬で吹っ飛ばしてやるよ。もう会えねーぞ」
ドルツが俺に厳しい視線を向けたが、俺は踵を返した。
ドルツの始末をエナンらに任せ、ついてきたクラウンが具体案を問う。
「ところでトキオ殿、我らの十倍ほどいる軍隊を紐魔法で、一瞬で屠れると?」
「違う違う。今度はもっと簡単にやる。紐魔法だけど」
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