第75話

 ドルツを群れから離し、逃げ場のない岩壁の前に座らせた。後ろ手に縛られているが、彼に怯える様子はない。不敵な態度だ。割と大物なのかもしれない。


 俺は尋ねた。

「君はあいつにいい感情持っていないよね。教えてよ、あれ、実はマカンでしょ?」


 土手を上がった街道の上、彼の遺体を乗せた荷車に目を向ける。

 本当はさっさと埋めてしまいたかった。生き返ったらどうするんだよ。しかし、貴族やら、士官の遺体は返すものらしい。仕方なく運んでいる。


「くっく、一体何を言っているのか貴様は?

 マカン様が貴様ごときに、倒されると思うな、間抜けが!」

 ドルツが激しく唾を飛ばした。


「あれはタイカだ。似ても似つかぬわ!思い上がってはいたが、ただの小者だ!

 あれはマカン様から、力を貸して頂いた雑兵にすぎない。あのような小者にあれ程苦労していて、マカン様に勝てると思うとは、全く哀れな男よ、愚か者が!」


 ドルツの目はまだ真っ赤だった。鼻も真っ赤だ。カプサイシン効果は水で洗い流してもすぐには治らない。自慢のちょび髭も鼻水で濡れて光っている。


 そんな哀れな顔で挑発してきても、まるで腹も立たない。

 俺の心は休業中だし。


 それに俺は、とある物を拾っていた。のたうち回っていたこいつの側からだ。そのアイテムは特性上、この場に置いてはおけないので即座に異次元収納にしまった。


 相当に有益な物だ。戦略上の重要アイテムだろう。アレを俺にとられる。こいつの大失点だ。哀れはおまえだぞ、愚か者が!



 アリアーデが俺の後ろに立った。ふわっと良い匂いがする。ああ癒える。

 いつか後ろから首に手を回してくらないかな。

 いや、絞殺を狙って欲しいんじゃないよ。わかるよね。


 彼女は小首をかしげて尋ねる。

「トキオはどうして、あ奴をマカンと思ったのだ?」


「あれえ、違うのか?」


 俺は、勝利に緩んだにやけ顔を引っ込めた。それは大問題だからだ。


「あ奴は、マカンではないな」

 アリアーデらしく口を僅かに開け、感慨なく答えた。


「だって、目つきが似てるって?」


「目つきが似ているぐらいで、どうして同一人物だと思う」


 そうだね。その通りだね。俺は勘違いをしていたようだ。終わらせたかった。早く終わりたかった。だからあいつに敵将であって欲しかったのか?


 俺はドルツに目を向ける。

「えーと、力を貸すってなに?聞いたことないよ?」


「マカン様の特殊能力だ。誰にでも通ずるわけではないが、彼の君は自らの力を貸し与える事ができるのだ」


 ドルツ。主君を敬愛してのどや顔だが、口軽いなコイツ。いいのかそんなこと気楽にしゃべって?

 やっぱりこいつはろくな武将じゃないな。


 しかし、そんなのありなんだ。


 本当に反省。そうそう。俺はこの世界育ちとか、知ったかこいていたけど、半分を片田舎のガキで過ごし、もう半分を奴隷で過ごし、残りちょっとが冒険者だった。

 やっぱり何も知らないんだよ。


 貸すとかいう能力があるなら、パンピーが、賢者張りの大魔法を使えてもおかしくない。

 目つきが似たのは魔力という、精神力に似た力を貸りているからかもしれない。



いや、待て。引っかかる。やっぱり疑問に思う。

「しかし…貸すかな、そんな力」


「貸したというのは正解ではなかった。分け与えたのだ。ふっふ」


 ドルツは、主君の気前の良さを自慢気に語るが、よっぽど有り得なくないか?

 俺なら貸さないし。絶対あげないよ。


 まあ、マカンのゆるゆるの博愛主義はともかく、いや…あいつはマカンではなかったと。タイカ、タイカ。大変なことになったな。



 時間停止は後二回。ショートリザーブも後二回。エタニティはまだ作れそうにない。これは、いつまで続くんだろう。この争いは。


 力を借りていいた奴があの戦いぶりだ。他人に全能力を与えるわけない。本物の力はどれ程なんだろうか。


 超怖い。

 このままじゃきっと勝てない。

 このままじゃ俺は負ける。

 俺は何かが切れた。


「じゃあ、今度こそ、マカンを吹っ飛ばそう」

「えっ」

「何を…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る