第74話

「トキオ殿、感謝する」


「ああ、いいよ。おまえら助けたの、ついでだから。それより、あのお姉さんどうした?」

「それが…申し訳ありません」


 クラウンは沈痛な面持ちで、俺に頭を下げた。


 逃したのか?何やってんだよ髭じい!とか思ったけど、空から帰ってきていきなりの乱戦状態で、そこまでの気配りは難しいだろう。


 それにクラウンは、髭は立派だが頭は剥げている。これは謝罪効果が抜群だ。文句を言う気がなくなった。


 気づいたら例の村娘は消えていたという。



 峠の広場での会見一回目で、崖からアリアーデとプリキスの細君が落ちた時の話だ。彼女らを見送った後の事だった。

 リバースする前に、俺は崖上の様子を見に戻った。少しでも情報が欲しかった。その時、あの女が生きて歩いていた。

 立派な胸を揺らし、平気な顔で歩いていたんだ。


 首を落とされた瞬間になら、リカバリーは効くが、この世界に死から戻ってくる呪文はない。そのはずだ。


 あのお姉さんは首を落とされて、大分放置されていた。マカンのリカバリーも一応考えたが、今回のテイクでも、その隙はどう考えても無かった。


 消えていなくなったということは、やはり生き返って逃げたと、考えていいのではないのだろうか。

 あのお姉さんは特別な存在なのかもしれない。殺され方も違和感があった。不死者、ゾンビなのか?

 それとも死者蘇生の魔法があるのか。



 やっぱり、この世界は俺の知らないことだらけだ。

 まあ…いいや、面倒くさい。


 俺は疲れていた。物凄く疲れたんだ。


 考えてみて欲しい。何度やり直したか。その間、前回と展開が変わらぬよう、細心の注意を計り、ほぼ忠実に繰り返したんだ。


 時間停止をかけて、敵兵に縄をかけ、唐辛子ペーストを塗り、プリキスの嫁に手紙を渡した。


 何度も何度も、同じことを繰り返すと発狂しそうになる。


 いきなり身体を真っ二つにするような敵と戦っている最中なのに。

 何度も何度も。


 丁寧に。失敗しないように…。慎重に。

 面倒だ。もう面倒だ。


 なにもかも、どうでもいい気がしてきていた。俺は、この日を一体何時間やってるんだろうか。


 とにかく、一刻でも早く、今日を終わらせに動く。

 タイカはきっちり死んでいた。所持品を探るも、特別な物を持ってはいなかった。



 大きな岩がごろごろとある川岸に、捉えられた敵兵がひしめき合っている。ニワトリが水を飲むように川面に向かっている。必死で目鼻を洗っているんだ。


「ああ、みんな可哀そう。ごめんね」

 感情なく述べる。疲れているんだ。


 俺が暇そうにしていると思ったのか、クラウンが話しかけて来た。

「トキオ殿、我らを空へ逃したあの秘術は一体?」


「紐魔法だよ!」

「紐魔法だよ!」


 面倒だったので、もう問われないよう、怒り顔で二度言っておいた。


 大変面倒だったが、これは大切なことだ。

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