第73話

 *峠の広場


 敵兵達をあらかた拘束し終わり、カリーレは辺りを見回す。

「誰に語っても、ホラ話と思われるでしょう」


 同じようにしていたクラウンが空を見上げる。

「そうだな、空を飛んだなどと…。今でも信じられぬよ」



 クラウンと共に経緯を振り返る。

 彼らはトキオから予め指示されていたのだ。合図したら、彼のもとに集まって並べと。何が起きても沈黙していろと。


 アリアーデがドルツと広場の中央で会見する。そこで合図が示される。

 彼らが指示通り並ぶと、トキオが目にもとまらぬ速さで駆け抜けた。まるで風だった。


 気づいたら兵士達は、重力から放たれていた。あり得ない違和感に息を飲んだが、沈黙を強制されていた彼らは声を上げなかった。

 その時、岩塊奥の林に潜んでいたタイカの魔法が放たれる。


 大岩が砕ける轟音が轟き、木々が爆ぜ吹き飛んだ。暴風に引き寄せられ、その場にいた全ての目線が、音源を注視させられていた。

 そのタイミングで、トキオはオークの死体を異次元収納から放り出し、魔法を放ったのだ。

 クラウンたちは吹き飛ばされた。彼らにはそれこそ何が何だかわからなかった。錐揉み状態で空へ上がった。

 

 強力な風魔法同士のぶつかり合いで、肉片が四散する。オークの肉はたちまち粉微塵と化した。真っ赤な血の霧が辺りを覆った。


 魔法の圏外、安全圏とされていた敵兵たちも、周囲の風を巻き込み竜巻と化した風魔法に吸い寄せられぬよう、必死で抗っていた。


 人質の領民たちは倒れ伏し、頭巾や、ショールなどの手荷物が舞い上がる。



 一方の体重を失った人馬たちは、叩きつける風と轟音に目も開けていられなかった。頬を揺らすほどの風が収まると、地表は遥か遠かった。


 叫んでも声が届かない程の高度にいたが、約束通り誰も声を上げなかった。

 しばらくすると、トキオの魔力により重力を取り戻し地表に向かう。慌てふためき、声をあげる者もいなかった。


 地上の誰もが、彼らを見てはいなかった。

 兵士達は声を上げるなという厳命の意味がわかった。彼らは敵兵の只中に向かって降りていた。


 空中の無防備を気付かれてはならずと緊張したが、目を向けると何故か敵兵はそれどころではないようだった。


 敵兵の大多数は目を押さえ、転がっていた。足元に絡まった紐を解こうとしている者もいる。途中で落ちる速度がいきなり上がり、兵士らは肝を冷やしたが、激しい音を立てて着地しても、誰も向かって来なかった。


「紐魔術だ」

 プリキスが小声で呟く。


「流石アリアーデ様!」

 エナンがこの場にそぐわない発言をするが、クラウンはスルーし、抜剣する。


「どうやらトキオ殿の魔術らしい。手向かう力のない者は、無駄に殺すな」

 兵士たちは無言で頷く。


 完全勝利だった。

 彼らの倍は敵兵がいたが、目がろくに見えない兵隊など、物の数ではなかった。


 半数を無傷で捉え、半数を倒した。

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