第71話


 マカンの斜め後ろに位置どる。アリアーデが目に入る。

 大丈夫だ、俺はきっと逃げない。


『解除』

『超速』


 時を動かすと同時に奴の首を刈った。

 首のない背中を蹴って俯せにする。これで魔法は放ちにくいはず。


 光が煌めき転がった頭と首に光の線が繋がる。

 こいつはこの時点で彼は、体に意志を伝えることができるんだ。


 俺はそこに小剣を突っ込み掻き切るが、光の筋に何の影響も与えられない。奴の体が起きようとする。もう一度背中を蹴る。奴の体は抵抗なく地面に伏せる。


 なんてこった。奴はその体勢のまま、後ろ手に腕を上げ、手のひらを向けて来た。放たれる。というのは間違っていた。


 現れるだ!超速発動中で、全速で決めていた方向に逃げたのに胸を斜めに切られた。

 だが、今回は両断されなかった。



 俺に、かわす準備が出来ていた。

 薄皮一枚、と言いたいが、もうちょっと深かった。胸の真ん中辺が浅く、右肩にかけてが深く抉られた。


 治療している暇はない。ここで間をとったら詰む。



 また、不意を突かれた。


 俺は迂闊すぎる。無敵を語れるほど戦闘経験がない。加速している世界で、こんなに追い詰められたのは初めてだった。


 これまでに、これ程の強敵に出会ったことはない。


 素早く左手に持ち替えた剣で、繋がりつつある首の付け根、その少し上を突き刺した。小脳があるところだ。前世の知識で、生命を司る器官だ。


 足を踏ん張り、体を捩じり、俺に目線を向けていたマカンだったが、瞬間脱力した。

 新たな光が後頭部に集まる。



 これでリカバリー二回、風刃一回。

 うまくいった。今まで首に拘り過ぎていた。普通なら死ぬところだから。


 俺は、思い付きで奴の両腕を切り落としにかかる。ある程度治り切らないと攻撃が効かない。だから先に魔法の発生源である腕を刈ろうと考えた。


 はじめ上から、右手の二の腕辺りを切り下ろし、続いて左腕を脇から肩まで下から切り上げた。双方切り落とした瞬間に、やめておけばよかったと後悔する。


 右手が地面に落ち、ひじが曲がり、手のひらの向きが目まぐるしく変わる。それだけでヒヤッとする。

 左手の位置を確認しているうちに、腕の切り口に光が集まりだしてしまう。


 マカンの自動リカバリーはこれで三回目。

 奴の首はもう繋がり、後頭部に空いた穴は光が小さくなっている。

 ここは前だ!


 俺は怯える身体を無理矢理制御し、前に踏み出した。そして真横に逃げた。

 猛烈に加速する。


 丁度、左の手のひらがこちらを向いていたんだ。目も見えているはず。奴は機会を逃さない。今までずっとそうだった。必ず放つはず。


 巨大な風魔法が来た。直撃は避けられた。超速中の俺は、もうマカンから八メートルは距離をとっていた。


 それでも足を掬われ、空中に巻き上げられた。

 攻撃ができない。暴風が体を打つ。手足を持っていかれそうだ。



 ついに、マカンは立ち上がってしまった。

 切り落とした手も、ほぼ繋がりかけている。



「この私に、何度も、リカバリーを使わせるとは…おまえは一体」

 マカンは痩せた首を捻り、目を見開く。


 俺は、十五メートル程吹き飛ばされ転がる。動けなくなるような重傷は負わなかった。素早く立ち上がる。


 マカンの腕が繋がってしまった。彼は確かめるよう腕を回す。


 俺は汗をびっしょりかいていた。ここからはガチの勝負だ。

 右肩の負傷を治す。奴が使った魔法はリカバリー三回、風刃は二回。


『治癒』

 ふわりと光が集まる。


「させるかー!」

 マナが動く。マカンが呪文を唱える。小文の単発呪文だ。

「水を成すもの、凍てつくもの、盟約の儀に従い、敵の動きを止めよ!氷塊!」


「そういうのなら、避けられるんだよ!」


 大丈夫。発動、構築を伴う魔法は良く見える。どこに来るかもわかる。効果範囲を見切り、前に進む。背後に氷が生成された音が鳴る。



 俺は斜線と化す。先程から俺の動きは常人には見えないものだ。右に左に動き、行く先を想像させない。

 誰も人間の動きには思えないはずだ。だけどマカンは動きを見切ってくる。


 マカンの右手から冷気が迸り、地面に氷の剣山ができる。流石、賢者だ。ほぼ同時に左手から氷の槍が飛ぶ。

 行く先を閉じられた。一瞬で構築しやがった。これは厄介だ、奴に近づけない。


 俺も、呪文を放って対抗できればいいのだが、今は呪文を使えない。マカンの未知の能力により、自動で反射されるからだ。


 どうやって進むか。氷の槍をよけるしかない。

 音の間延びした世界で、俺は緻密に氷をかわす。お辞儀するように、背面跳びのように。時に地に伏せ、飛び上がり、確実に距離を詰めた。


 奴が右手のひらを向ける。俺はビビってすぐに回避の行動に入る。だが、何も出なかった。


 マナが動いた。呪文を構築している。もうストックは無いのか?

 マカンの顔を見る。こいつ、焦ってる。


 蛇のような目つきに焦りが見えていた。もう、あの突然呪文は出ないんだ。

 行けるかもしれない。


 俺は瞬時にベクトルを変える。魔法の範囲を見切り、近づく。


 やられた、こいつフェイントを使いやがった。左手から魔法が放たれる。だが、例の突然魔法ではなかった。現れ方が普通だ。

 それでも、普通なら倒されるところだが、俺は上に逃げられる。


 重力を半分以下にして踏み切る。魔法に足を刈られないように地面と水平に体を向ける。

 単発の初級呪文と思えないほどの氷の山が地を覆う。



 マカンは空に逃れた俺に、再び魔法を構築する。空中にいるから避けられないとか思っているんだろう。焦りの消えた顔を向ける。


 おまえに向けなければ俺だって魔法は放てる。水平に飛んで度肝を抜いてやろう。


 奴が氷の槍を放つ。俺はほぼ同時に塊の風魔法を放つ。


 奴の氷の槍は七本もあった。爆発的に加速し逃れたに見えたが、二本が足を掠める。バランスを崩した俺は、地面を転がるはずだった。

 マカンは着地点を計って、そこに向け魔法を構築する。だが俺はそこには落ちない。逆に高度が上がる。


 信じられないものを見た。マカンはそんな顔をしている。


 いつまでも落ちない俺は、異次元収納から巨岩を取り出し前に落とした。影に隠れたところで重力を戻し着地する。



 鋭い痛みが走る。全然軽傷じゃないようだ。


 奴の放った氷の槍が岩に当たり、粉々に砕け散る。


 チャンスだ。陽の光を受けて氷の粒は乱反射する。俺は異次元収納からジャガイモが入ったずた袋を取り出して、岩陰から放った。怪我を治している暇はない。


 陽動だ。俺は反対側から飛び出す。剣を構えフル加速する。ずた袋に気を取られろ。その隙で獲れる。超速中の俺なら、ここから一秒かからない。


 失敗だった。


 マカンの奴は、慌てず冷静に待っていた。俺の出現方向を見破り、姿勢よく待ち構えていた。

 敵わない。戦闘経験は俺なんかより遥かに上のようだ。迂闊な俺が勝てる相手じゃなかった。



 マナの構成は既に終わっているようだ。氷に飽きたのか、岩の盾に通用しないと踏んだか、炎の魔法だ。炎の熱気は確かに障害物を回って来る。


 奴の手の前で、放たれる準備を終えた魔法が揺らいでいる。


 幸運だと思った。氷の槍に直撃されたら届かない。即死もあり得る。だが炎なら。たとえ焼かれても、この勢いなら奴の首を刈れる。相打ちだ。


 刈った直後に治癒をかければ間に合う。時間停止はカツカツだが、最悪でもリバースはできるはず。逃げは悪手だ。


 勝負だ。無茶に突っ込んだ。多分俺は命を賭けていた。



 あれ?

 

 目を疑うシーンが展開している。

 俺がなにかする前に、マカンの首は宙を舞っていた。

 

 彼が構築した魔法が散って行く。

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