第70話

 

『時間停止!』 


 彼の魔法が来る前に、時を停めて息をついた。



 この、俺だけの世界を発動する権利は、あと四回。もう四回しかない。


 これで決めなければ、俺は狩られるかも知れない。敵の方が現時点では能力は上だ。出し惜しみはない。


 俺は治癒の呪文を自らにかけた。

 やはり、止まった世界でも魔法は使えた。焼けて塞がりかけた視界が戻る。


 この停まった世界では、止まった物に対して攻撃も治癒も、なにもかもが無意味なので、魔法を使ったことがなかったが自身は問題なく治癒できた。


 俺は時空魔法を覚えてから、あまり怪我したことがなかった。そんなヘマは、今まであり得なかった。


 俺の火傷が突然治って、せいぜい驚け。俺は息を整え、奴の背後に回り込み、再び時間を動かした。


『解除』

『超速』


 俺がいた所に氷の剣山ができる。

 だが俺は、もうそこにはいない。頼むから度肝を抜かれろ。隙をみせろ。


 マカンの首は、もう黒ローブに包まれた体の上に完全に現れていた。

 治療魔法による明滅の光が消えて行く。


 俺以外がゆっくりな世界なのに、マカンは意外に速い。首を捩じり、既に俺を視界に捉えている。おいおい、どうして後ろを取られたとわかる?


 右に左に動きながら走り、もう一度首を刈り取った。


 空中にある頭部を捕まえ、ハンドボールを投げるように腕を体に巻いて投げる。

 少しでも再生を遅らせようとしたんだ。


 またもや、マカンの頭は光りに包まれる。

 空中をくるくると回りながらも、俺を視界に捉えているようだ。


 ヤバい、奴の体が近すぎる。勢いを無理矢理に殺して投げたため、俺の体勢はひどく崩れている。


 マカンの頭の回転が妙に遅くなる。光に包まれ、まだぼんやり見えているが、実体は既にそこに無い気がした。


 あの攻撃を、アレを撃たれたらやられる。

 今度の攻撃は、俺の視界に入った。

 

 俺は胸から下を刈り取られた。

 俺の肩から上はお辞儀するように地面に向かって落ちていく。


 痛みは感じなかった。衝撃だけだ。脳がそう判断したのだろう。感じていたらショック死する。



 マカンが、さっき見せた風の刃を放ったようだ。

 左手が、それを放った時のように俺に向いていた。


 首がまだ完全に繋がっていないのに。ひどくない?リカバリーがかかると、完全に治りきらなくても繋がりができるのか?



 俺は…負けるかもしれない。



 野良犬が、自身を特別な狼だと思って、巨大な虎の尾を踏んだんだ。

 調子に乗ってしまった、バカ野郎だ。


 ちらりとアリアーデを見る。切なくなった。


 だが、マカンの、こいつの突然呪文には、限度があるはず。

 俺のチートにだって無駄な制約があるんだ。こいつのにだって、きっとあるはず。


『リバース』



 もう一度、敵兵団が逃げに転じた所に戻った。

 自分の体を触ってみる。繋がっている、生きてる。あれ、何故か今頃痛みが走った気がする。



 恐怖した。情けない事に、ここから逃げ出そうかとか本気で考えてしまった。


 俺はマカンに勝てそうにない。残りの時間停止を使って遠くまで飛んで逃げれば、いくら何でも追っては来ないはず。


 そう、奴は俺の正体も知らないんだ。ここまで戻れるようにしといて良かった。


 俺の彼への攻撃はなかった事になる。見つけられっこない。ここを生き延びたらもっと慎重な男になれるはず。もう危機はこない。


 異世界のんびりスローライフを楽しめるはずだ。


 いやいや、逃げたら最低だろ。助けてやるよとか上から言っておいて。目に光がなくなっちまうよ。

 男を語るような人間じゃないが、男としてそれはない。いや、全然男じゃなくてもいい。とにかく逃げたくない。


 こんな俺でも、やっぱり、今逃げる選択は無かった。



 途中は割愛する。

 場所は街道上。 戻って、クラウンとアリアーデの会話に、俺が割って入った所から始める。



「罠だよ、アリアーデ。少し二人だけで話したい」


 ちゃんと言えた。

 俺は結構、自分を好きになった。



 その後は無心でやり直した。頭を働かせていたら耐えられない。マカンが、アリアーデに手首を千切られた後のシーンまで飛ばす。


 空中の兵士達を降ろし始める場面まで、問題なくたどり着いた。



 今回は、俺の魔力の繋がりが突然切れた時のことを考えた。空中の彼らの位置を計り、重力を調整して魔法として構築。繋がりを切った。

 もう落ちる場所を調整している場合じゃない。


 魔法は俺の手を離れた。これで俺が死んでも、上空から突然の自由落下はしない。ちょっと乱暴な着地になるとは思うが、グッドラック!



『時間停止』



 そして時間を停めた。俺だけの世界はあと三回しかない。


「ふう…」

 俺だけの世界で少し休んだ。



 もしかするとこれで終わりかも知れないからね。

 固く、ごつごつとした揺るがない地面で寝転がってみる。うつ伏せになっても、顔に砂がつくことはない。


「はああああぁぁ…」



 マカンの事を考える。


「ひどいチートだよ。あいつの呪文、いつ終わりが…」

 口に出して気づいた。気づいてしまった。



 バカだな…。終わらない、終わるわけがない。

 俺の時間停止は減るが、あいつのは減らない。俺が時を繰り返しているのだから。

 そういう仕様だ。


 あいつには、全てが初めての事なんだ。あれだけ苦労しても、一つも減っていない。俺がリバースし続ける限り、あいつのは、それは、減らないんだ。


 今まで、これに気が付かなかった自分を罵倒したいが、そんな場合じゃない。

 過去を反芻して考える。



 あいつがほぼ自動で出せる魔法は、二発のリカバリー。一発の氷山。風の刃。魔法反射。今のところ最低でもこれだけはある。

 いや、氷山は構築を見た。


 魔法反射、あれは耐えるべきだった。びびって無駄に時間停止を使ってしまった。


 慎重を期して戻るべきだった。あれで倒しきれると思ってしまった。


 気持ちはわかる。あれで倒し切りたかった。怖かったんだ。

 だが、大丈夫だ。まだ逃げることはない。俺が攻撃をくらってしまったのは、三度とも不意を突かれたからだ。


 俺の思う無敵の能力により、俺はもう知ってるのだ。

 ショートリザーブにある無駄な制約、一時間の制限時間はまだ半分ほど残っている。この制限時間に、俺が止めている時間は関わらない。


 ショートリザーブを刻んだ、現実の時間軸で発動から一時間以内だ。六十分タイマーみたいなものだ。

 あと何回かは繰り返せる。弱気になることはない。負けるわけがないんだ。



 この能力。リザーブを手に入れた時に、その無敵ぶりを確信して笑ったほどの能力だ。


 今回の反省を、問題点を踏まえて先に進もうと思う。

 彼の攻撃だ。マナを少しも纏わないで、手を動かしただけで呪文が放たれる。


 そんなのは想像もしてなかった。

 あれらは構築してはいない。何らかのスキルで、作り上げていた魔法を出した感じだ。


 首が離れているのに、撃って来るってのも想像外だ。

 リカバリーが発動した時点で、繋がりが生まれているようだ。俺の目に映る状況が全てではない。


 あいつの風の刃は、手のひらから前方一メートル先に突然現れる。後ろは当然だめだ。前方、マカンのいる横方向に逃れる。


 後は魔法反射。俺は敵に魔法を放つ事はできない。

 二回の戦闘で起こったすべてを思い出し、対応をあらかじめ考えた。



 一番大切な事、何かあったらリバース。脳に念を押す。


 よし、始めようか。

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