第68話
どこまで長いロングブーツか。
そう見えた俺の両足は血を吹きながら、割れるように左右に倒れていく。
「トキオーー!」
アリアーデの叫び声が聞こえる。
『リバース』
ごめん。油断しすぎた。もう一度最初からやり直しだ。
先程ショートリザーブを刻み直した、騎馬部隊が逃げに転じた所に戻った。
途中は割愛する。
峠の広場で、アリアーデの兵士たちが掻き消えた。
彼女が悲しみにくれている場面だ。黒ローブに、アリアーデが話しかけているシーンから始める。
「マカンはいつ来る」
黒ローブは、マカンは、やはりこのアリアーデの問いかけに悦んでいる。
アリアーデの言葉に、爬虫類の瞳孔が拡大する。
「マカン様に会いたいの?命乞いするの?効くよ、きっと効くよ!教えてあげよう か、マカン様の気を引くやり方…」
マカンが座り込んだアリアーデの顔に手を伸ばす。
電池の切れた人形のようだったアリアーデはいきなり動いて、手首をつかんだ。
モギッ。
手首がぼとりと落ちる。噴水のように糸を引いて放物線を描いて落ちる。
「ぎやああああー!」
「武器がないからと侮るな。私の結末は私が決める。まだその力はある」
「集え精霊、逆巻け!在りし日の在り様に、全ての塵を集め生かせ!
コンプリート・リカバリー!」
地に落ちていた右手が光に包まれ浮き上がる。光の粒が集まり欠損、圧壊していた部分を埋めて行く…。
「うふ、ふっふっ…なんて乱暴な…妖精と言われた娘のやることではないですよ!」
やっぱり怒ってない。悦んで小躍りしている。
体中でアリアーデとの邂逅を愉しんでいる。
「治癒もできるのか。マカンと一緒だな。おまえはマカンの目つきに似ている」
タイカの表情が張り付く。
ここまでを俺は、必死で繰り返した。
リバースで戻った場所での俺は、とても平常ではいられなかった。でも、なんとかした。羊を長年演じてきたスキルが役に立った。アリアーデたちに異常を悟らせなかった。優れたモブ鉄面皮を持った自分を褒めてやりたい。
同じままで、ここに戻って来られたが、俺は前回のように落ち着いてはいられなかった。平気な顔をしていただけだ。
お陰で精神力と体力を相当削られた。でも、一回でも彼の呪文を削ろうと、ここまでは待った。
ここで時を停める。
視界の端にまで引き降ろしたクラウンたちに、敵兵隊達が気付く前に。
『時間停止』
ここでやっと、俺は一息つけた。
どうやって攻撃されたのかを、考えなければいけない。
今回で決めなければ、後がなくなる。時間停止だ。時間停止の使用回数は、時を戻しても必ず減る。
あと五回。エタニティリザーブの無い世界で、時間停止を失うのは危険すぎる。
リバースで戻った時から、ずっと心に命じていた。
繰り返しなんだ。
大丈夫だから落ち着けと。
でも、すぐそばの岩塊の陰に潜む男が、気になってしょうがなかった。
あの、検知できない攻撃を持つマカンが、いつ気まぐれを起こすかもわからない。
それを考えると恐怖で身が竦み、微かな音にさえ心臓が躍ってしまっていた。
それに、ここに戻って来るまでが長すぎる。
敵の騎兵部隊が引き返し、アリアーデを説得して、ここに来て、お姉さんが殺されて、皆を空に逃がしてって。
長すぎる。
俺はショートリザーブのポイントを、この後に更新することを考え、少し迷った。
でもやはり、しないと決める。危機的状況では悪手だろう。
変更できる部分は、長い方が良いはずだ。
一度進めてしまったら、後から戻すことはできない。場合によっては逃げる事さえできなくなるだろう。
アリアーデ、皆が死ぬかも知れないと言われていたのに、よく平然とこの場にいられたものだ。やはり鍛え方が違う。
いつも超然としなければいけない。そう育てられた子は…。
いや待て、今はそれじゃない。
戻った時から、少しでも余裕が出ると、頭を掻きまわしていた思考を再開する。時間を止めた今なら、落ち着いて考えられるはずだ。
いったいどんな攻撃だったのだろう。いきなり両足を奪われた。
魔法だったが。発動させる予備動作が無かった。
マナの変化も、何も感じられなかった。そんなことがあるのか。出来るのか。
俺は、あのよう出来るか考える。
あれは風の刃。呪文を発動して、放つ寸前の状態にして、そのまま止めておいた。ずっとそのまま魔法を置いておく。
それは無理だ。時がたてば構築したマナは必ず解けて、霧散していってしまう。
それが奴のスキル。特殊能力なのか?
放つ寸前にしておいた呪文をストックできる。
あとどれだけ、奴がストックしているのか。
ストックどころかショートカット出来るスキルだったら…。
そんなことが、出来るのか。
異次元収納なら…。
隷属の首輪にかけられた魔法ごと収納できた。
作った魔法を、異次元収納にしまっておいて取り出した。
やった事はない。思ってもみなかった。出来るかも知れない、奴は賢者だ。魔法の扱いに俺より長けている。
あいつも異次元収納を持っているのか?
あいつも、奴も、時空に関われるのか?
全くの恐怖だった。
俺だけだから無敵なのだ。あいつを殺すと、あいつはリザーブ地点に戻るのか?
その時、俺はそれに気付けるのだろうか。
ゆっくり思考してもやはり答えは出ない。
俺の止まった世界では、異次元収納は使えない。
実験はできない。やるしかないんだ。
今度は、マカンに声をかけない事に決めた。
いきなり殺す。
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