第67話


「おいマカン」


 俺は、こいつをマカンだと断定した。この争いの元凶で、エナンに言わせるとアリアーデのストーカーだ。


 あのスケールの魔法、しかもコンプリートリカバリーまで使える。この世界にそんな奴はそうはいない。


 魔法使いが覚醒して上級魔法を操るようになり、更に別系統の魔法を覚え、極める。それを人は超越者という、魔法系では、魔女と並んで人智を越えた存在と言われる才。それが賢者という才だ。


 賢者が、そうそういるわけがない。


 時を止めるような能力がある世界なら、人に変身するぐらいわけないと考えた。

 変身魔法だ。


 変態なら絶対に対象の近くで見たいはずだと思ったんだ。

 これは確信できる。目的の麗人をいじるのに手下に任せたりはしないだろ。そんな奴いないよね。


 ならば、前々回の最後にだっていたはず。

 それで気付いたんだ。こいつもあそこにいた。最初にアリアーデを脱がしにかかった奴だ。シルエットがこいつだった。


 もう一つわかった。あれがこいつなのなら、鎧を剥いでいたのはエロ目的ではなかった。彼女の命を救おうとしていたんだ。


 俺は、全ての注目を一身に集めている。敵兵、人質、マカン、ドルツ、そしてアリアーデまでもだ。空中にいる彼ら。ゴマ粒と麻の実に気付く者はいない。


『時間停止』


 崖下から不意に現れ、予定通りに注目を集め、そこで時を停めた。

 時を停められる回数はあと五回。


 まずは、プリキスの嫁に手紙を渡すんだ。

 彼は生きている。本人の直筆だ、効果覿面だろう。爆裂石は大事にしまっておいてくれ。

 今割って入って来られちゃ台無しだからね。


 あと他の兵隊もなんとかせねばなるまい。



 全てを終え、元の場所に戻る。きっちり同じ場所だ。移動したことがバレるようなヘマはしない。手持ちのカードはなるべく隠すものだ。

 そして時を動かした。


「トキオ、皆は?」

 最初に口を開いたのはアリアーデだった。待ち切れなかったのだろう。彼女の言葉には笑顔で応えた。


 ちょっと待っててくれ。

 おまえの笑顔はゆっくり楽しみたいんだ。ゆっくりじっくり舐めるように…。


 あれ、いつからこんな変態になったんだろう。

 これが俺のピュアなのか。やだなあ。


 同レベルの変態、黒ローブ姿の男に目を向ける。彼は、さっき俺を振り返って絶句したままだ。


「マーカーン君。もう正体はわかっているんだよ」


「貴様は…一体何者だ?」


 決まりだな。普通なら意味わからないって顔をするはずだ。


「おまえと同じ、チート持ちだよ」

「トキオ何を言っているのだ…こいつがマカン…。マカン…なのか?」


「マカン君、幼い日のアリアーデを救ってくれてありがとう」


 少女アリアーデの危機を救った侵攻は、リッチラン軍としか聞いてないが、カマをかけてみた。


「貴様は…あの時の?」


 決定だね。マジ確定だよ。あの時が何の時か知らんけど。


「アリアーデ、こいつはマカンの化けた姿だよ」

「………」



 あれ、しぶといな。グイグイ来ていたマカンの反応は、少し薄くなった気がする。秘密を知ったものは生かしておけない!死ねー!となるはずだったのに。


 俺はマカンを抜け、アリアーデの隣に立った。俺が騎士のように手を差し出すと、彼女は素直に乗せてくれた。


 彼女の耳元で呟く。

「気取られないよう、後ろを見てみな」


 アリアーデは少しだけ振り返る。ゴマが枝豆ほどに、麻の実がそら豆ほどになっていた。天地逆になっている者もいたが、明らかに無事な姿が見える。皆、口を引き結んでいるようだ。


 見た。見たよ。天上の微笑みを。幼い少女のように純真な微笑みを。雷に打たれたように打ち震え、銀髪を躍らせ、俺に銀の瞳を向ける。真珠の涙が頬を飾る。


 何もかも銀色で正に銀の娘だよ。何もかも銀じゃ、無機物っぽいけど、透明度の高い白い肌が、上気した頬が彼女の命を見せていた。

 絶品だった。これが見たかった。前払いとこれで決済完了だ。


 俺は馴れ馴れしくアリアーデの髪を撫でた。彼女は避けなかった。

 ちら見すると、案の定マカンは、空から降りつつある兵隊ではなく、俺を凝視していた。

 怒りに顔を真っ赤に染めて。


「なあ、俺と勝負しないか。チート持ちは二人要らないだろ」

「ふ、はははははは、随分面白い事をおっしゃる。

 どこの誰だか知らないが、あなたがこの私に?覚醒者タイカ様に、勝てる気なのですか?」


「ふふ、マカンな。もう知ってっし」

「………」


 俺は、魔法使いの天敵だと思っている。マナの動きを感じ、超速でよけられる。どんな強大な魔法も発動させなければ意味がない。俺の方が速い。なにも問題はない。


「つまらないですね。あなたを簡単に殺しては、実につまらないですよね?

 半殺しにてあげないと、後悔もできないでしょう?」


 マカンは、それはそれは嫌な笑みを浮かべる。実際そうではないのだが、何故か瞳孔が蛇のように縦に裂けたタイプに見える。


 周囲の明るさが変わっていないのに、不自然に開閉しているようだ。

 彼の目には、俺の惨めな姿が浮かんでいるのだろうか。


 アリアーデは全神経を、兵士らがいる後方に向けているようだ。こちらに目を向けているが、多分見えてないだろう。


 俺には余裕があった。下拵えは終わっている。

 敢えて超速はかけなかった。加速した世界で普通にしゃべるのは難しい。


「そうね。是非そうして欲しい。俺も後悔くらいしたいわ」

「では、そうしてあげましょう。二言くらいは言ってください」


 マカンが手を振る。それは何気ない動きだった。別に脅威には感じなかった。


 だが、周囲のマナが突然爆ぜた。


 足に衝撃が来て、俺の見ていた風景が動いた。笑顔のマカンが上方にずれていく。そんな経験をしたことはないが、理解した。


 寒気がする。落ちている。


 俺はいきなり両足を奪われたんだ。

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