第66話

「竜刃、三叉槍襲撃!」

 林の中から呪文の、決めの叫びが遠く聞こえる。


 樹木が裂け、岩が砕け、空間が歪むほど空気の密度が変わる。巨大な風の刃が放出された。何もかもが空を舞い、巻き上げられ切り刻まれた。


 見た感じは前と全く同じ惨状だ。兵士と馬は暴風に巻かれて掻き消えてしまった。


 俺は敵のマナの動きを感じた時点で、いち早く動いていた。

 全て終わらせて、木々の欠片、肉片、落石が収まるのを待って。予定地点に隠れている。


 アリアーデは椅子から落ち、丸坊主になった林から、黒ローブの男が出てくるところだった。


「あははははは、跡形もない!葬儀が楽でよいですねー」


 彼女は、地面に手をついたまま、誰に問うでもなく呟く。

「一体何を…した」



 それにはドルツが答える。

「全てはマカン様のお望み。おまえを一人だけ残すようにと」


 アリアーデは即座に立ち上がり、女子供の捉われた所へ向かおうとする。


「大丈夫だ。もう終わった!

 マカン様は女を殺さない。彼女らの身の安全は保障する」

 ドルツは椅子に掛けたままだった。


 アリアーデは立ち止る。

「貴様らの言葉に価値はない。私は二度ならず…」


 絶望しているのだろうか。彼女は色を無くした。

 一見どう見ても終わっている。俺に、騙されたと思っているのだろうか。


 でも、彼女は俺を探さなかった。まだ少しの可能性を感じているのか。今は、ほんの少しでも望みを持ってくれていたらいい。



 アリアーデはふらふらと歩き、兵たちが先程まで存在していた辺りに、膝を落とし座り込んだ。


「私は…」


 今は血の染みとなった彼らを見つめ、涙するアリアーデ。

 ごめんな。


 黒ローブが現れる。嫌な目つきの男だ。アリアーデの全てを見逃すまいと凝視している。


「傷ついちゃった?ねえ、どんな?」


 アリアーデは呆然としたまま目を向ける。その白い頬を涙が伝って地面に落ちる。


「今どんな気持ち?首切られちゃったね。可哀想だね?みんな死んじゃったね?」



 鎧の男ドルツが近寄り、黒ローブに声をかける。

「タイカ…何をやっている」


「黙っていろ、ドルツ。今が良いところだ!」

「む、あまり調子に乗るなよ、タイカ!私は…」


「空を成すもの、吹きすさぶもの、盟約の儀に従い、邪魔成すものを空に…」

「や、やめろー!」


 黒ローブが呪文を唱え始めると、ドルツはやっぱり逃げ出した。領民が人質に取られている、すぐ手前まで。

 意外としょっぱい武将なのかもしれない。


「ね、もう、泣かないの?」

「……」


 アリアーデは無表情を取り戻していた。じっと黒ローブを見る。


「私はおまえと会ったことが無いはずだが、おまえの目つきを見たことがある」

「わふ!本当か、銀の娘。私を見たことがあるのか?いつ?どこでだ?」


 俺は、地表スレスレの草の茂みから、穴が開くほど奴をじっくり見ていた。

 男の顔など見つめたくはないのだが、本気で見た。


 間違いない。前回は見逃したが、あきらかに狼狽えていた。驚きと喜び、そして焦りがあった。


 俺は、俺の中に芽生えたある考えを、確信に変えつつあった。


 アリアーデは、黒ローブとの会話に興味を無くした。視線はままだが、見てはいない。


「ねえ、もうあきらめちゃうの?おしまい?

 これだけ好きにやられたのに、それでいいの?

 銀の娘とか言われているのに、こんな結末?」


「マカンはいつ来る」


 悦んでいる。アリアーデの言葉に目が開いた。


「マカン様に会いたいの?命乞いするの?効くよ、きっと効くよ!教えてあげようか、マカン様の気を引くやり方…」


 黒ローブが座り込んだアリアーデの顔に手を伸ばす。

 電池の切れた人形のようだったアリアーデが、いきなり動いて黒ローブの手首をつかんだ。


 モギッ。


 手首がぼとりと落ちる。噴水のように糸を引いて放物線を描いて落ちる。

「ぎやああああー!」


「武器がないからと侮るな。私の結末は私が決める。まだその力はある」


「集え精霊、逆巻け!在りし日の在り様に、全ての塵を集め生かせ!コンプリート・リカバリー!」


 地に落ちていた右手は光に包まれ、手首にも光の粒が集まりだした。質量を無くした物のように、手首は浮き上がり元の位置に繋がる。欠損、圧壊していた部分を光の粒が埋めて行く。


「うふ、ふっふっ…なんて乱暴な…妖精と言われた娘のやることではないですよ!」


 やっぱり怒っていなかった。どっちかといえば悦んでいる。よく見ると小躍りしてる。体中でアリアーデとの邂逅を愉しんでいる。


「治療系も使えるのか。マカンと一緒だな。そうだなおまえはマカンの目つきに似ている」


 タイカの表情が張り付いた。……そうだな。そりゃ驚くよな。


 全く違う人間に化けているのに、あっさり見破られちゃな。



 曇天気味の、明暗のある複雑な模様の空が、彼らの姿を上手に隠してくれていた。

 俺は、空に放っていた兵士たちに重力を返し、少しずつ落とした。


 約束通り、彼らは一声も上げなかった。


 俺は呪文発動の前に、彼ら全員の重力を無くしておいた。重さが無くなったからって、いきなり浮かんだりはしない。


 俺の初級風魔法はウインド。ウインドカッターでも、ウインドアローでもない。ただ風の塊を放つだけの単純な技だ。だが俺は、それを強大な魔力量を持って調整できる。


 小出しに。瞬間的に大きく。継続的に出し調整。

 小出しにすれば、普通のウインド。

 瞬間的に範囲を絞って出せば空気にかかる圧力は域を超え、刃が生まれる。

 何も考えず大量に出せば爆発っぽく四方に広がる。


 今回は爆発系を地面に向けて放つ。地から風を受ければ吹き上がるのは必至だ。


 敵呪文が放たれ、木々を破壊し始めたタイミングで、ありったけのオークの死体を異次元収納から放り出した。放り出した瞬間、風魔法を放ったんだ。


 雷のように大地に轟く、岩をも破壊する大魔法に気を取られて、誰もこっちを見てはいなかった。


 重力から解放された彼らは吹き飛び、オークは地にとどまる。そして敵の風魔法と交錯する。猛烈な風が走り、砂塵が飛び散り暴れたので、誰もその真実を見破れない。


 術者といえども、まともに目を開けていられる状況じゃなかった。自分の放った魔法が掻き乱しているので、同方向にあった俺の呪文に、マナの動きでは気づかない。


 そういうわけで、彼らは未だ上空にいる。俺は触った物の重力を操れる。彼らとはまだ魔法の糸が繋がっている。彼らが狙った方向に飛んでくれてよかった。そこまで繊細には操れない。何人かいなくなっていない事を祈る。


 どうしてこんな七面倒なことするかって?

 魔法使いを先に倒せばいいよね。


 だよね。でもそれだと、アリアーデが困らないでしょ。

 俺が何をしたか伝わらないでしょ?


 性格悪いというだろうけど、一応、言い訳もある。違う方法とると未来が見えなくなる。不確定要素はなるべく排除しないとね?



 それにここだよ。ここで現れたかった。

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