第55話

エナンが引き連れているのは、もちろん敵兵だ。多分、広場の先の林に潜んでいた十五の騎兵だろう。


 エナンは城に戻ってアリアーデの不在を知り、一目散に駆けてきたのだろう。

 俺が柵に縛られていた時とは状況が違う。何故あの時は城で待ったんだろう。


 奴の恩恵、猪突がどんなものか知らないが、大体想像つく。

 目的のために他の物が見えなくなる。それにすべてのリソースが使われるため、能力が向上する。そんなところだろう。


 あいつはただ、アリアーデだけを求め駆けてきた。彼女以外の物、すべての障害物にフィルターがかかり、アリアーデだけに焦点が合う。そんなモードなのだろう。


 そして見つけた。きっと、ゴマ粒ほどの遠景でアリアーデを見つけ、わき目も振らずに駆けてきたのだろう。


 そして、今も他に何も見えないあいつは、自分が追われている最中であることにも気づいていない。


「アリアーデ様ーーー!!」


『ショートリザーブ』

 俺はリザーブを刻んだ。

 これから一時間、俺が死なない限り、何度でもやり直せる。


「クラウン。ここは押し通るぞ!」

「ハッ!」

 アリアーデが加速する。クラウンが振り向き指示を飛ばす。

「エナンを殿に吸収する。二列のち三列、カリーレ上がってこい!」

「はっ!」


「エナン以外通すなーーーー!」

「うおーーーーー」

 陣形が作られ白髭の騎士クラウンが俺の横に並ぶ。


「トキオとやら見ておけ。我らは守って戦うのが主戦場だ。近衛譲りの勇猛さを!」

 髭じいが、生意気抜かす。まあ、馬を駆る姿は堂にいっている。


 エナンとの距離が瞬く間に詰められていく。だが、エナンは満面の笑顔で駆けてくる。あいつは未だに状況を理解していないようだ。


 心配だ。やっぱり、あいつを二度と恰好いいとは思えないのではないのだろうか。

 クラウンが叫ぶ。


「エナン、そこで止まれー!」


「アリアーデ様ーーーー!」


「エナン、この馬鹿めがー!止まれーー!」

 クラウンは必死に叫ぶが、奴には伝わらない。


 フィルターがかかって非表示なのだろう。

 ミュートだ。おっさんの声も無駄だから聞こえないのだろう。

 それでこそ、他の能力が上がるんだ。仕方ない。


「アリアーデ様ぁーーーー!」


 バカだ。本当にバカだよ。全然気付いてないよ。主人を危機に巻き込まんとしている事に、まるで気付いてないよ。


 これじゃ、あいつが邪魔で、敵との衝突点までにこっちの陣形を整えきれないよ。



 その時、アリアーデは馬を加速させ、列を飛び出した。


 あっという間に何馬身も引き離す。二人乗りなのに速いなこの馬。俺は気を使って体重軽くしてるけど。


 主人に出迎えられ、喜び顔を弾けさせるエナン。だがアリアーデは、更に加速してエナンとすれ違った。


 その時、奇跡が起きる。

 エナンの目線はアリアーデに完全にロックオンされている。すれ違ってしまったアリアーデを捉え続けている。目の光跡が残るほど、流れるように首を捩じり、遠ざかろうとする彼女の姿を、顎先を上げて視界に収め続ける。


 なんと、奴の騎乗する灰色の馬も、全く同じように首を捩じり、顎を上げていく。

 エナンは体を傾けリーンインする。馬もそれに同調するように馬体を傾け、急激に発生した遠心力に耐える。


 走っていた勢いが消えないまま、彼らは自らが進むべき方向に向きを整えた。馬と奴とで、合計四つの目がアリアーデを捉え続けている!


 殺しきれなかった勢いそのままに、彼らは後ろへ滑り続けるが、アクセルはオンのままだった。

 ホイルスピンしながら向きを整えると、砂煙を上げながら全開で加速した。

 馬の足に、アクセルもホイルスピンもあるわけないが、マジでそんな感じだったんだ。


 ガリガリガリと土を掻いて滑り、小石を飛ばし、砂煙をまき散らしながら、少しずつ前進方向へ加速して来た。四脚ドリフトだ。


 なんか知らんが人馬一体を見た。馬は人の心がわかるとかいうからな…。

「アリアーデ様ー!」

「ブヒヒーーン!」


 俺は奴の、恐ろしいアリアーデ集中力にどん引く。

 

 エナン…すごいし、怖い。

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