第45話

  *橋の下の前線基地


 ここはトキオが偵察で見落としてしまっていた場所だ。

 十五の騎兵の更に先、橋の下にドルツとタイカ、兵士が八人程潜んでいた。


「どういう事だ。失敗…あの体制で一人の兵力も削れなかったと?」


 ドルツは頬に薄型の四角い木の箱を当てている。上面に小さな穴が並んで開いている。手を通すための、皮のバンドが側面に装着されていて、彼はそこに手を入れていた。これは通信箱である。


 通信箱は二個組が基本だが、より数が多い物もある。

 中には特殊な魔石を割った物が各々に収められている。分割された魔石には、離れても何某かの繋がりがあるようで、電話のように声が届く。


 大変貴重なもので、ミドウ領では一つも導入されていない。届く距離にはそれぞれ制限があるようだ。


「こちらの死傷者が八人…何をやってる、逆ではないか!」

 通信箱の穴から小隊長の謝罪の声がもれ聞こえる。


 立っていたドルツに対し、黒のローブに身を包んだタイカは、兵士に用意させた椅子に座っていた。荒地だというのにカーペットまで敷いてあった。



「ドルツさん。やはり私も参加した方が良かったのではないですか。私の魔法では対応できないとか、おっしゃっていましたが?」


「貴様の魔法は威力がありすぎる。あの娘に万が一の事があっては、マカン様に顔向けできんだろう」

「それは大変重要な事ですが、私はマカン様のご命令で、銀の娘を捕える場面では、必ず傍にいるよう言い使っておるのですよ?」


「だから、ここで待たせたのだ。ここまで来させるつもりであった。

 あれだけの伏兵を用い、罠を張り、ここまで来させる。そうでもしないとあの娘を傷つけずに、周りの戦力を削ぐなどできん」


 タイカがドルツの顔色を伺いながら呟いた。

「銀の娘に構わず攻撃してみては?」


「貴様、マカン様のご命令を破れというのか!」

 瞬時に激高したドルツが剣の柄に手をかける。タイカは即座に両手を上げた。


「試しに聞いてみただけですよ。私も同意見です。マカン様のご意向に逆らう気は全くありません。その辺は同志ですな?」

 タイカは、張り付いたような顔でニヤニヤ笑う。


 ドルツは剣の柄から手を離す。そして息を吐いた。

「しかし、難しい…。マカン様は、何故あれ程銀の娘に固執なさるのか?」


「彼の娘は、このガンドル王国の中央にも繋がりがあるようだ。人質としても有用と踏んでおるのでしょう」


「銀の娘は…あの中では最強の戦力だ。それを外して他を獲るなど簡単にはいかん」

 ドルツはタイカには応えず、作戦の厳しさだけを解いた。


「ドルツさん?出来ないのなら、そうおっしゃってください。私がやりますよ?

 ただ、マカン様は、さぞがっかりなさるでしょうな?」


 ドルツは、タイカの言葉に悔しそうに口元を歪めるが、言葉は通信箱に返した。

「パナメーを出せ!」


 しばらくしてパナメーが通信箱に出る。いつもの淑やかな声だ。

「はい?」


「おまえは何をやっていた?」

「はい、髪の毛引っ掴まれて、泣き叫んでました。我ながら迫真の演技ですね」


「…それでおまえは何故そこにいる。救出されなかったのか?」


「そうです。騎士道に悖りますね。バンバンバーンと叩いたら、全力で逃げて行きましたね。しかも攻めて来たのは、手出しできない銀の娘だけです。どうにもできないですね?」


そこが難しいと語っていた元凶に、ドルツの眉間に深いしわが刻まれる。

「彼らは、今どこだ?」


「わかりません。斥候を潰されちゃったんですね」


「どういうことだ。その先の弓兵、罠、精鋭から全て逃れるとか…。

まるで、前もって知っていたかのような…」


 ドルツは、タイカがニヤニヤと笑っているだろう方向には、目を向けなかった。橋の下から上空を眺める。雲の多い青空が見える。


「とにかく情報が欲しい。おまえはその箱を持って、なんとか銀の娘の隊に合流しろ」

「それはどうですかね。こんな物持っているのが知られたら殺されますよね?」


「恐れずできるはずだ、おまえなら!マカン様の信頼を得ているんだ。

 期待を裏切るなよ。小隊長に代われ」


「代わりました」

「一時間待って、何もなかったら城に進軍しろ。途上で見つけた残党を狩れ。見つけた集落は全て焼き払え。この通信箱はパナメーに託せ」


「ハッ!」

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