第44話


 先行するアリアーデが、件の岩塊の手前で馬を止め、俺を振り返った。


 斥候はどこだ。と、問われたと理解する。潜む場所にまっすぐ指を向けた。

 アリアーデは指先を倣い、馬を小走りで進める。茂みの手前で勢いよく馬を立たせた。たまらず飛び出した斥候を、黒馬が蹴り飛ばす。


 あのお馬さんかっこええ…。

 斥候は奥の岩に叩きつけられ落ちた。


 アリアーデは俺に目を向ける。馬がたたらを踏み、カポカポンと蹄が鳴る。


 「まずは、嘘ではなかったな」

 「嘘だと思ってたのかよ?」


 「いや、願ったな。嘘じゃない方を…」

 淡々とした口調は変わらないが、口元には少しの微笑みがあった。

 どういう意味なのか?


 アリアーデは兵士たちに視線を送る。彼らはまだ戸惑っていた。黒馬の腰の筋肉に筋が立つ。アリアーデは走り出していた。


 「来い!」

 「バカ、待てって、その先には!」


 アリアーデは、そのまま岩塊の向こうへ飛び込んで行った。俺は必死で追いかける。ショートリザーブは、先程アリアーデを呼び止めた所で刻んでいる。俺が死なない限り、何度でもやり直せるのだが。


 ったく、人の苦労も知らず。待てって、叫ぼうと思ったところで、村娘が髪をつかまれて引っ張られているのが見えた。

 その絵は俺の予想通りだった。


 アリアーデが迫ると、雑兵は素早く娘を手放し、逃げだした。

 さっき女と親しげにしていた男に間違いない。脇の草地に逃げこもうと走る。その先は谷だ。


 しかし、アリアーデはその動きを予想していたように馬を操る。手綱につかまり、馬の背に、斜めに体を立たせると、巨大な戦槌で男の胴を薙いだ。

 俺の情報を踏まえて行動している。


 馬の速力に引き離され、遠目だったのでよくわからないが、体が二つになるのではなく、雑兵は吹き飛ばされた。


 先に逃げていた男にぶつかり、それをも吹っ飛ばした。

 アリアーデは体を捻る。自らが追い越していた雑兵を視界に収めると、馬を返した。その角度からなら岩肌に潜む伏兵が目に入るはずだ。

 見たら逃げろよアリアーデ。

 何故かアリアーデは、俺の方を見た。


 人の温かみが感じられない銀眼を合わせたまま、逃げる雑兵を馬で跳ね飛ばし、巨大な戦槌を大きく振った。馬体が反動で引かれ、向きをかえる。そっちは!


 アリアーデは、伏兵が潜む岩陰に突っ込んで行く。俺は走って岩肌を回り込み、なんとか彼女を視界に確保する。


 伏兵は総員、槍を構えていた。アリアーデは水平に引き切った姿勢を巻き戻す。風を巻いて走り出した巨大な戦槌だが、彼らの槍先は捉えられなかった。


 切っ先をかすめて…そう、爆発した。


 岩肌を打ったのだ。雷が落ちたような炸裂音が響き、物凄い衝撃で岩が砕け、辺り一面に飛び散った。後ろから見た俺にはどう見ても爆発だった。


 もうもうとした砂煙で辺りが包まれる。飛び散った岩の破片が当たったのだろう、槍兵の悲鳴が複数届く。


 その場に止まろうと、ブレーキをかけた右足を斜めに滑らせたまま、俺は砂煙の塊を見ていた。少しずつ薄れる煙に黒い影が浮かぶ。


 煙を突き破って黒馬が現れる。銀髪を躍らせ、軽く首を回すと銀眼が俺を捉えた。そのまま加速して来た。グングン眼前に迫りくる。


 きゃー、轢かれる。と、思ったあたりでわずかに馬がずれ、アリアーデが左に傾き手を伸ばした。


 「ええ?」

 その言葉だけをその場に残し、俺は飛んでいた。


 アリアーデに手を掴まれて、ひったくられた鞄のようになびく。

 俺は手提げ鞄みたく軽いようだ。っていうか、腕がもぎ取れるとこだったよ?


 兵士たちが待つ場所でアリアーデが叫ぶ。

 「続けー!」


 騎馬部隊は、迷いない動きで彼女に続いた。


 馬の上で、俺はいつの間にかアリアーデの後ろに座っていた。今どうやって俺を後ろにまわしたの?片手に巨大な戦槌を持ったまんまで。クレーン車か?


 アリアーデの銀髪が揺れている。俺は自然と彼女の腰につかまっていた。

 甲冑越しではあるが、やはり腰が細い。

 

 なんかいい匂い。時間停止時とはまるで違う。アリアーデ様ぁーと言いながら抱きしめて、撫で回したくなった。硬いプレートでも構わない。胸の辺りを撫でまわしたい。どんな反応するのだろうか?


 ショートリザーブはしてある。本気でやりたかった。ピュアな自分キャンペーン中だし。

 だが、ここは自重しておいた。


 アリアーデが、あのパフォーマンスをもう一度発揮できるとは限らない、この成功を逃すのは流石にもったいない。


 ショートリザーブには、一日六回の回数制限がある。六回もあるとも言えるが、六回しかないとも言える。

 やめておく。


 だが、断言する。いつかはやる。

 だが、断言する。いつかはやる。

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