第39話


 俺はやっとの思いで、たどり着いた。

 彼女が、城から兵を率いて魔女を探しに彼の地に出撃するシーンまで。


 城の脇を周り、馬群が迫る。先頭は、真っ黒な馬身、銀色の装備品。日差しに照らされ、白銀の髪を輝かせるアリアーデ様、その人だ。

 

 俺はここまで戻った。

 

 「サウザンレイクに高名な魔女殿がいらっしゃっているらしい。助力を要請しに行く。それまで城を守っていてくれ」


 彼女は、前と一字一句変わらないセリフを述べた。

 馬上で背筋を伸ばし、姿勢良く俺を見下ろす。当たり前なのだが、なんの感慨もない様子だ。

 俺は感慨で一杯だ。だが、表には出さない。前と同じくヘラヘラしていた。


 「カカシには無理でござろう」

 「はっはっは!」

 「いや、この者はなかなかの毒舌だ。マカンもきっと舌を巻くぞ」


 ここまでは言わせておいた。


 「気をつけろよ、おまえら死相が出てるぞ?」



 俺は、シェルターを出て、橋から丸太に乗って川を下り、行商と出会い、野営し、眠り、食べ、その一挙手一投足に至るまで前回をなぞってここまで来た。

 立ショの位置、時間まで守った。

 簡単な事じゃない。めちゃくちゃ疲れた。


 そして、このミドウの峠で、例の村人の男に出会った。あの件も越え、何もかも慎重に事を運び、ここまできっちり同じように積み重ね、この時間に辿り着いていた。

 ここで、初めて違う発言をしたんだ。

 運命を変えるために。


 「この、下郎が。不吉なことを…もう我慢ならんぞ!」

 モジャ髪のカリーレがいきりたって噛んで来る。


 「落ち着けカリーレ。兵士が、そうすぐに感情を表すな」

 「アリアーデ様…しかし」


 剣の柄に手をかけ、馬を向けた兵士カリーレを嗜めたアリアーデ。彼女は馬上で首を回す。銀眼を向ける。


 「ご忠告、肝に銘じておこう」


 彼女の、表情のない。心の見えない、淡々とした口調は。皮肉を言う時に、最善の効果があるよね。


 彼女の黒馬が歩き出す。

 「こういうのはどうだ、カリーレ」

 「はい!アリアーデ様、完璧でございます!」


 カリーレは、小ばかに返された俺を見てせせら笑う。くすんだ銀の兜からあふれんばかりにはみ出した赤茶の毛がうざい。

 火をつけてやりたい。



 だが、実のところ俺は、アリアーデを見ていた。

 感じ悪い素振りでも、今回の彼女は可愛く見えた。どの時も優雅で綺麗だった。初めて使う言葉だと思うが、愛しいとすら思えた。


 やっぱり人の顔ってものは、印象で全然違うもんだ。今回、彼女に峠で出会った時からそう思っていた。


 本当に大変だった。美少女だよ。どう見ても妖精の類の姫だった。

 すげーわ俺、この娘の乳を指で突くとか勇者かよ。


 いや、思い返しても、あのシーンだけはめちゃ辛かった。


 あの、アリアーデ様の胸の先端をつつくシーン。あれは平常ではできないよ。

 ボケがー、この貴族の性悪女がー!あへ顔見てくれるわー!


 そう思っていた時とまるで違うんだよ。

 それに年齢もやっぱり違うと思う。よく見ると輪郭に幼さが残っている。多分十六、七だと思う。完全に少女だよ。


 あの毅然とした表情が、年齢を上に見せていたんだ。

 馬を降りるアリアーデ。無表情のアリアーデ。睨むアリアーデ。唖然とするアリアーデ。二回目だからなのか、表情が僅かに見て取れるようになっていた。


 俺が、おじさんにポーションかける所なんて最高だったよ。おじさんが光るのを見てすごく驚いていたことに気付いた。


 その後、俺に向けた目だ。あの目。


 一瞬だったけど、あれは子供に好物のお菓子見せた時の笑顔。… いや、それは流石に言いすぎだな。その、いっこ前の表情だった。

 まあ、俺にはそう見えたって話だ。


 気づかなかった。彼女は、あの時から俺を見ていたんだ。


 感情殺して生きている娘だ。コンマ数秒で冷淡な顔に戻ってたけど。

 しかしその先だよ。大変だったのは。


 俺はね。その、なんかもしかすると可愛いところのある。高貴な生まれの娘さんのね、胸の先端にね、指を刺すんだよ。


 汚されたことなんかないって感じの双丘をね。犯すんだよ。

 なんか血がね、変な所に集まりそうになって、もう大変。素数とか思い出して冷静さを取り戻そうと思ったよ。

 じゃなきゃ違ってきちゃうからね、未来が。


 あれは平然とやるから良かったんだ。スケベ心はダメ。

 頑張った。俺、頑張ったよ。


 腐ったリンゴを触るところだとか一瞬考えたけどさ。それだと俺が嫌そうな顔になっちゃうじゃない?

 それじゃダメなんだよ。極めて同じで行かなきゃ。


 そこで俺は思い出したんだよ。インタホンだよ。

 インタホンのボタンだったよ。インタホンのボタンを押すように、優しくだよ。


 脳をフル回転させた俺は神集中したよ。

 その時俺の脳裏には、小学校の時の友達の家の門にある、雨染みで汚れた古いインタホンしか見えてなかったからね。


 それで前回を完コピできたけど、後から考えたらすごく惜しいよ。


 スケベっぽい気持ちでやりたかったよ。なんか全然楽しめなかった。なんか、その触感さえ、友達の家のインタホンのボタンの感じがしたからね。

 大損だよ。命がけで戻ってきたのに。おかげで前回の感触すら忘れちゃったよ!



 とにかく俺はここに辿りついた。ここから、アリアーデの運命を変える。

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