第40話

 馬の歩調に、銀髪を優美に躍らせ、アリアーデは行く。その姿と様は前回と変えた言葉を投げても、まるで変わらなかった。


 これから困難に向かう恐怖を微塵も見せない、凛々しい貴族の少女の後姿を見送る。最後の騎馬が俺を通り過ぎるとき、前回やらなかった事をする。


 「じゃーな、アリアーデ!」


 「貴様は…」


 殿の兵士が馬を止める。主君を呼び捨てにした俺に、罵声を浴びせようと振り返った時。俺は、自身を拘束していた縄を異次元収納に収めた。


 突然、自由になり一歩、二歩と歩く俺に、兵士は言葉をなくす。他の馬も止まり、アリアーデが馬ごと振り向く。


 にっこりと手を振り、そこで俺は消える。


 『時間停止』



 いや、後でそう思うはずだ。兵達は言葉もないだろう。


 時の停まった世界で、彼らを眺める。拘束を逃れたくらいでこんなおもろい顔して。もう一段上がれば、消えれば驚愕するはずだ。


 アリアーデはすました顔をしていた。簡単に感情を表さない訓練がよくできている。でも、切り取られた一瞬だからこそわかるものがある。


 驚きの中になにかある。これは期待だろうか。彼女の心理を測るのは難しい。拘束を自力で解かれて喜ぶってのも変だよね。やっぱり人形の表情は読み取り辛い。


 俺は彼女と一緒に馬に乗る。

 後ろから手を伸ばして、アリアーデを軽く抱きしめる。


 えっ、変態だって?

 いいじゃん、全然硬いんだから。カチカチだよ。これを痴漢とはいえないでしょ?匂いもしないんだよ?

 今だって、俺が得た感触は痛みだよ?髪の先が尖っていて刺さるんだ。


 彼女をじっくりと堪能…いや、観察してから、俺は立ち去った。



 リザーブ、時間停止、超速、異次元収納に重力の操作。これが俺の秘術の全てだ。

 この程度で最強を語るなって?


 充分以上の能力だと思っている。賢者でも勇者でも俺には及ばないはずだ。次元が、世界が違うからね。


 でも、今回の俺はエタニティリザーブを失っている。全然最強じゃないよ。それにね、この後やることは結構一生懸命なんだ。


 まず走った。前回アリアーデ達が消えた辺りの地平まで行く。



 時の止まった、音のない世界をひた走る。丘を登り、見下ろすと街道の先の道が見える。俺はジャンプした。二百メートルほど音もなく跳び、難なく着地する。


 時間を停めた世界で、俺は重力の束縛から逃れられる。平常時で重力を操るには術の発動を要するが、ここでは要らない。


 その気でジャンプすれば、百でも千メートルでも飛べる。まるで映写機で映された実態の無い映像のように、苦もなく自身の自重を操れる。

 移動時は大体半分程度に調整している。ジェットノズルが四角についているわけじゃないんだ、無重力では移動もままならない。


 多分これは、自身を異次元に置いているのだと思う。だから直接干渉できない。ここにいるのに、ここにいないという感じなのだろう。


 跳んだり走ったりして、ひとまずの目標地点に到着した。


 ここからアリアーデの部隊はどこへ向かって、誰と交戦したのか。



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