第35話

 *サウザンレイク


 サウザンレイクは長閑な地域だが、歴史的な遺跡や、眺めの良い湖があり、観光目的で訪れる人がそれなりにいる。おかげで住民の数に対して、商店や宿が多い町だ。


「やあ!」

「おお、宿屋のポレルじゃねーか」


 農夫は野良仕事の最中に呼びかけられた。作業を中断して、柵の所まで汗をぬぐいながら歩いた。


「どうしたー?」

「お、俺の宿にま、ま、魔女様ガな、来たンだ」


 ポレルと呼ばれた男は、明らかに尋常じゃなかった。目は充血で真っ赤に染まり、涙で潤み、顔にはびっしりと脂汗を浮かべている。


「…おい、おまえ、一体どうしたんだ?」

「ま、魔女様が、いらしてるンだ。ほら噂の大魔法使いだよ、知ってルだろ?」


 農夫は、彼の言動と状態がかけ離れていることを無視できなかった。

「どうしたんだよ?」


「なに、言ってるンだ。知ってルだろ、ま、魔女様だよ!ノワールっての。来てルンだよ。すげーだろ、な?」


「おい、落ち着けって、ポレルどうしたんだよ!」

「なに言ってるンだ、魔女様だよ!魔女様がきてルンだよ!すげーさー!」


 目を見開き、張り付いたような笑顔。声も異常に上ずっていた。それでもポレルは世間話を続ける。


 これは異常であると判断した農夫は、ポレルの肩をつかみ揺らした。

「おい、ポレル!なにがあったんだ!」

「聞けよ!ナンで聞いてくれないンだよ!魔女様が来てルンだよ!それだけだよ!余計ナこと言うな!聞くナよ!」


 ポレルは泣き出した。口を歪めて訴えた。突然の憤りは本物のようだ。

 なんだこりゃ。一体どうしたんだ?



 農夫は慄然とする。

 何か聞こえたような気がして後ろを向くと、少し離れた所に男が三人立っていた。

 砂が舞うのが一瞬見えた。


 突然、風が吹きすさび、衝撃を受ける。気づくと農夫は地面に転がっていた。目の前に足が見える。あれ、この靴は…。


 自分の足だと気づくまでに多少時間がかかった。彼はその角度から自分の足を見たことがなかった。


 その先にポレルの顔があった。

 首から下がなかった。顔に恐怖が張り付いていた。血の涙を流していた。そして彼らの上に血の雨がバラバラと音を立て降った。



「…タイカ様、また失敗でしたね」

「埋めておきなさい」

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