第34話

 俺は暗闇にいた。


 魔力の枯渇に、立とうともしていないのに目が回る。


 しばらく、じっとして耐えていると嗅覚が復活して、乾き切った土の匂いがしてきた。

 高山帯の穴倉に設置した、手製の小屋の中に俺はいた。第一シェルターだ。


 俺はちゃんと、エタニティリザーブを刻んだ場所に戻れたようだ。

 全魔量を失い、朦朧とする意識の中で心を奮い立たせる。小屋のドアを開けると途切れ途切れの線上にわずかに明かりが差し込んでいる。

 最後に見たまんまだ。


 ここは、ガーの村を出てから、探した場所だ。

 とても素敵な思い出になったので、どうしても更新したかったんだ。


 実は、ガーに合う前にも更新していた。そこからあまり間を開けていないのだが、前回の場所が目覚めた時に、小型のトカゲみたいなモンスターまみれで肝を冷やしていた。

 もし、俺の小屋に入られていたら終わっていた。何かあった時のに、あそこに戻るなんて冗談じゃなかった。


 という訳で、今回のエタニティリザーブのポイントは慎重に選んだ場所だ。

 折角だからと、永久に使えそうな場所を探した。人里から離れた山岳地帯を巡り歩いてやっと見つけた場所だ。


 それは大きな窪みだった。俺の所有していた小屋がすっぽりと入る大きさで、上面がほぼ平らだった。

 床面に掘られた、とても大きな湯舟を想像してくれると丁度よい。湯舟の底に大きな隙間はなかった。小型のモンスターが湧き出してくる可能性は低い。


 そこに、異次元収納にしまってあった小屋を出し。巨大な岩を乗せた、俺特製シェルターだ。


 通風がよいので毒ガス攻撃には耐えられないが、森林限界より上の岩山で、まず人は寄り付かない。魔物が潜む物陰もなかった。ここを俺の第一シェルターとしたんだ。



 無事にあの時に戻れたようだ。ホッと息を吐く。

 この能力を手に入れてから、使用した経験は少ない。まだ無事戻れるのか心配してしまう。

 全く違う世界に跳ぶかもしれないような恐怖がある。未だ心臓の鼓動が早かった。


 俺はあいつを救うことにした。


 無気力で、だらけた暮らしをしている無責任な奴なら、誰でも持っているような物に憧れた少女だ。


 だが今は、休む時だ。俺は収納から水を取り出し、口にすると目を閉じた。



 それから丸一日眠っていたはずだ。

 前回は新たなリザーブポイントの設定のため一日眠り、今回はリバースで跳んでそこに帰ったため、一日眠った。

 スタートは同じ日時だ。


 今日は、アリアーデに出会う二日前のはず。


 記憶を辿って、このシェルターから出た直後の事を思う。前は何の問題もなく、このシェルターを出発している。

 前回と同じようにするために俺は慎重に考える。


 この岩山からミドウ領は遠い。調子に乗って珠玉の物件を探しすぎた。俺はここには飛んで来ている。だがここからは、ほぼ歩きでミドウに向かったんだ。


 急ぐ旅じゃない。安心のエタニティリザーブを刻んで、俺は一人気ままな冒険を楽しんで旅をした。

 あの時に、間に合うためには今すぐの行動が必要だ。


 同じ時に辿りつくためには、同じようにしなければいけない。俺はそういう経験をしている。何が未来を変えるかわからない。

 同じようにしたはずでも、何かが変わってしまう儚い世界なんだ。


 非常に残念だが、新たなエタニティリザーブを刻んでいる暇はない。極大のチートを失って、なんかうすら寒い気がする。

 これだって同じ場所に辿り着けない要因になりかねない。それを考えると心臓が躍る。だが、シェルターを出る時間を揃える方が正しいと判断した。


 今、俺は無敵じゃない。心に留め置く。

 心臓が一跳ねする。

 落ち着け。前と同じだ。前世で二十七年、今世で十七年。ずっとこのモードだったじゃないか。ビビるな。頑張れ、俺。これが普通だ。


 前回リザーブ後、俺は大分やんちゃに冒険していた。その工程をすべてクリアしなければ、あの無表情乙女には会えない。


 少しでもやり方を違えれば、同じ世界にはたどり着けない。

 あの時、なにを見たのかすら、限りなく同じくするよう気を張る。



 天然の丸木橋の上から、水嵩の増した濁流の川を見つめる。大雨の中、布切れ一枚被っただけのずぶ濡れで、俺はその時を待った。


 来るはずだ。ここが前回と同じ世界なら。

 あの時は流れる大木を見つけ、飛び乗ったんだ。


 あの大木はまだかと待つ。時間ロスはしていない。むしろ若干先着しているはずだ。


 来ない。なにか僅かの違いにより、もう行ってしまったのか、それともまだなのか。本気でドキドキしていた。


 アリアーデは平気な顔をしていた。

 あのガキめ。あの時、彼女はどれだけの精神力を使っていたのだろうか。


 俺は、元大人なのにまるで気づかなかった。彼女は、倒れるまでその素振りを見せなかった。

 本当は最後まで、俺に弱みを見せる気はなかったんだろう。



 もう待てない。遅れたら、ズレが生じてしまう。

 珍しく焦っていた。俺は雨で滑る丸木橋に支えもなく立った。


 あの大木ではないが、少し大きめの木が来た。

 飛び降りようとして、なんとか堪える。滑る丸太の上でなんとか踏みとどまった。


 その奥から、件の大木が流れて来たんだ。

 あれだ。半日つかまっていたんだ、間違えようもない。


 タイミングを測り飛び降り、Vの字に伸びた特徴ある枝を両手でつかんで跨った。以前と全く同じ感触だった。アメリカンバイクのハンドルみたいだと思っていたんだ。


 俺は大きく息を吐いた。本気でホッとした。同じ世界だろう。俺はあの、淡々と語る娘のいる世界に戻れた。



 あと二日で、あいつと出会った峠のテラスに着く。


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