第30話

 騎乗のアリアーデ様が、敷地内にゆっくりと入って来る。


 返り血か、本人のものなのか、アリアーデ様の身体のあちこちには血がこびりつき、美しい銀髪も半分赤く染まっていた。


 長剣が曲がって鞘に収まらないのか、彼女の右手に握られたままだ。剣先からぬるりとした血液が滴る。


「アリアーデ様――――!」

 エナンがダッシュで迎えに走り、手綱をとった。

 馬を降りたところで、ふらついた彼女をしっかりと支える。


 エナンは、俺の話を聞いてからも城にいた。

 声が届かないくらいに俺から距離を取って、ずっと外にいた。いたずらに探しに出るのを控えたようだ。やっぱりバカじゃないのか?


「アリアーデ様、大丈夫ですか?今ポーションを…」

「…問題ない。返り血だ。それはお前に…とっておけ」


 アリアーデ様は俺に視線を向ける。破れた鎧から、剥き出しの細い肩を揺らし、荒い息をしていた。


「お前…まだ、逃げておらんのか…」


「アリアーデ様、一体何が?」

 エナンは情報の確認をとった。俺の話を鵜吞みにはしないようだ。やはり、バカじゃない。


「マカンが我らを謀った。その上書状を寄こし…明日の昼まで待つそぶりを見せ、普通に襲って来おった」


「マカンの野郎が…では、ディランド様が行方不明というのは誠の事ですか」

 アリアーデは、遠く草原を見渡しながら小さく頷く。


 エナンはちらりと目を俺に向けるが、すぐにアリアーデ様に戻す。真剣な横顔だ。

 こうなるとやはり絵になる男だ。


 髪半分を血に赤く染めたアリアーデ様は、正面からエナンを見た。


「エナン、お前のすべての任を解く。領外へ逃げよ」



 沈黙があった。

 エナンは即座に、ハッ!とは返さなかった。


「私は、最後までお供します!」


 残念な男のくせに、ここでは全ての状況を理解したようだ。

 エナンに迷いはなかった。微動だにせず、姿勢良く立っていた。


 アリアーデも負けていない。真っ直ぐ彼の目を見ながら述べる。


「では任は解かぬ、命令だ。私が行くまでグランガルフ市で待て!」

「断ります。無駄です、アリアーデ様。私は貴女の剣。あの日誓ったではないですか!」


 エナンは真剣な目を向けて、ぐいとアリアーデに迫る。


「いざ危機になっては、貴女の安寧を見届けるまで、決して離れることはない!

 蛭のように、岩に張り付く貝のように離れません!

 私はそう決めたのです。とっくに決めていたのです!

 こればかりは、御命令と言えども決して曲がりません!

 この命が尽き、亡霊となっても貴女の傍らでお護りします!」



 バカらしいやり取りだ。


 高慢な貴族の小娘と、残念な騎士の下らない会話だ。どこかで聞いたことのある、つまらない話だ。


 でも、実際聞いたのは初めてだ。自分を蛭や貝と例える男も初めてだった。


 前世でハートレスと言われた俺にも、少しだけ来るものがあった。

 美男美女、いい絵だった。


 なんか、映画じみていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る