第28話


 市民が城を通過してから一時間程だろうか、徒歩の兵団が出発した。


 装備も服装もバラバラだった。さっきの寄せ集めと城にいた兵隊だろう。彼らは先に出た連中を追うように南に進んで行った。


 遅れて南に向かう人達の列もあった。周辺の村から来たのだろう。彼らの後方には先触れとして出て行った兵隊が続く。


 その後も人影は見えた。命より惜しいものを集めていたのか、大半が行き過ぎたあと、大分遅れて避難する人々の群れがちらほらとあった。

 そういう小集団が疎らになり、地平に消えると、城の周りには人気がなくなった。



 馬の嘶きが聞こえる。

 城の正門辺りに馬が集まっているようだが、城が邪魔で俺からは様子は見えない。


 人の騒めきや、装備の擦れる金属音が聞こえていたが、男の怒号が飛ぶと、馬を含めて一瞬で静まり返った。一帯からは音が消えている。兵達は一言も発しない。


 そこで女の声が聞こえた。なにをか、鼓舞しているようだが、言葉としては俺の耳に届かなかった。


 最後の号令か、アリアーデ様の一際大きな声が上がる。彼女にも多少の大声は出せるらしい。それに野太い男達の声が一斉に応える。



 足元の地面が振動する。騎馬の兵団が出発したようだ。馬は塀際を回って裏門側に通りかかった。十頭ほどの騎兵だった。皆、装備は整っている。


 先頭は真っ黒な馬身、銀色の装備品。日差しに照らされ、銀髪を輝かせるアリアーデ様にはよく映えている。

 鎧をまとった彼女は言った。


「サウザンレイクに高名な魔女殿がいらっしゃっているらしい。助力を要請しに行く。それまで城を守っていてくれ」


 彼女は俺に皮肉を言うが、口調に皮肉めいたものは無い。淡々と語っている。


「カカシには無理でござろう!」

 白髭の騎士が、年季の入った渋い声を上げる。彼には本物の騎士の迫力と、重鎮といった風情があった。さっきの怒号はこいつだろう。


「はっはっは!」

 兵士達が空笑いを上げる。背筋がビシッと伸びた笑いだ。


 馬上で半身になった姿勢のアリアーデ様が、澄んだ声音で語る。


「いや、この者はなかなかの毒舌だ。マカンもきっと舌を巻くぞ」


 どっと笑いが起きた。皆、愉快そうに笑っている。

 もう死ぬ奴らだ。別に腹も立たない。


 だが、ちょっとした意地悪を想ってみる。

 マカンって奴とと肩を並べて、アリアーデ様をからかうのは面白そうじゃないか。

 それはそれは、唇噛んで悔しがるだろう。

 是非とも見たいね。



 騎馬兵団が去って、しばらくしてカラスが増えてきた。厳密にはカラスではない。カラスに似たような鳥だ。色は黒いが、頭にツノのように羽が立っている。俺の命名は鬼カラス。

 この世界の物は、大概前世で見知った世界の物に似ている。怪物のようなモンスターと、魔法がなければ中世にタイムトラベルしたと思っただろう。


 多分ここは、違う世界の地球なのだろう。いや、まだわからない。太陽が地球の周りを回っているかも知れない。見た事ないからな。地球でも見た事ないけど。



 鬼カラスは屋根に、低木に、馬を繋ぐ柵に。ちょっとずつ舞い降りて集まっている。明らかに俺を見ていた。

 動かなくなったら真っ先に目の玉を突つこうと狙っているのだろう。


 どうしようかな。逃げ出すならタイミングを間違わないようにしないとね。


 低い塀の向こう、遠く山裾に、黒い煙がそこここから立ち昇っているのが見える。

 あれは町の辺りだろうか。煙って奴はどこから上がってるのかはっきりしない。あれは火事なのか。それとも、重要機密でも燃やしているのか。

 そんな物はこの世界にはないか。


 いや、あるのかな。魔導書とか魔道具とか、使えないけど奪われたくない遺物とか。

 それともあそこでは戦争が、人が死ぬような惨事が起こっているのかな。嫌な話だ。そんな事をぼんやり考えていた。



 東の地平から畑を抜け、馬が草原を駆けて来る。馬はぶちぶちの灰色だ。白に見えなくもない。乗っているのは金髪の兵士だ。

 童話みたいな絵だった。


 だが、それはアイツだった。イケメンの残念兵士エナンだ。


 もしかすると彼は、まだ任務を遂行していたのか。

 こいつの事だ、誰が呼び止めようと聞かなかったのだろう。


 『アリアーデ様!アリアーデ様!アリアーデー様ぁーの、御命令だーーー!』

 てな感じだろう。


 エナンは柵に馬を繋ぎ、俺を憎々しげに一瞥すると、ガチャガチャと音を鳴らし、城内に駆け込んで行った。

 その手には何やら巻物が握られていた。


「アリアーデ様――!アリアーデ様!アリアーデ様――――!」


 彼は、その名を呼ぶのがよほど嬉しいのだろう。声に悦びがあふれている。



 バカ犬が。

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