第27話
すげえ要求する奴だな…
そんな書簡残して、有名な女子を狙ったエロ公として歴史に刻まれるのが、嫌じゃないのか?
彼女のいう通り、すべての口を塞げば、なにも残らないのかな。そうだな。歴史は勝者が作るもんだ。
アリアーデ様は、勝者の戦利品か。
どうやら、光の乙女、銀の娘とか、領を跨いで謳われているっていうのは、エナンの妄言じゃないらしい。
やっぱり、俺が噂で聞いてた光の妖精って彼女の事なのか?
途中からそうなのかと思っていた。
「アリアーデ様、まだ兵はいます。そんな要求を是とする、恥知らずの兵士はミドウにはいません。死んでも守って見せます!」
「戦力は、ここに何人残っている?」
「南方の警備兵、予備役、新米を全部集めて、三十…くらいでしょうか」
アリアーデ様と、年長の兵士のやりとりを聞く。
そんなもんだろうな。
既に五十も失っているんだ。北方の砦でも失ったのだろう。このくらいの領でそれだけいれば多い方だろう。
他市村々から集めればまだ百はいるだろうが、そんなものを集めている暇はない。
領主と共にいたという五十の損失が大きい。向こうは用意していたからそれを潰せた。傭兵も、援軍も用意していたのだろう。
不意を突いて、この市のシカランジの五十を消せれば、それが達せられたらもう勝ったも同然という計算だったわけだ。
「敵は何人と言った?」
「…二百ですが、正義はこちらにあります、神がこんな無法を許すわけがない!」
「そうですよ、あれは罠だ!あんな卑怯な奴らに負けはしない!」
主君の窮地に熱くなる兵士達。一つしかない命を惜しんではいないようだ。
「敗れるとわかりきっている、そんな死地に、兵を向けるわけにはいかん」
アリアーデ様のそれは、この場にふさわしい表情と語り口だった。
感情ではなく、冷静に状況を判断していた。
あれは、こういう時の為のものだったのか。
「では、兵を集め落ち延びましょう。他市の兵を集め態勢を整え、仇を討ち果たしに戻りましょう!」
年長の兵士が思いついた案を、上策と信じて進言する。
「それでは、ここシカランジの市民はどうなる。彼らをその間見殺しにして行けというのか。
マカンの奴のことだ、私が逃げたと知れば、住民に何をするかわからぬぞ」
アリアーデ様は淡々と述べる。
自分の身がどうなるかわかっているのですか?そんな顔色をした兵士達。若い方が言わなくていい言葉を漏らす。
「しかし、このままではアリアーデ様の身が、マカンめに…」
「おまえ、力を貸してくれぬか」
不意にアリアーデ様に声をかけられた。ええ、いきなり何言ってんだし。
何故、俺に秘密の力があると思うのか。おまえのとこのバカ犬に殴られて、こんな所にみっともなく縛り付けられた設定の男に、どんな可能性を感じてるんだよ。
ちょっとドキッとしたぞ。
溺れるものはってヤツだろうか?そりゃ、夜着で待てとか言われて、窮状はわかるが調子よすぎだろう。
おまえらもこれまでに、散々やって来たことだろう。
貴族様には逆らえない。そんな従順な平民達にどれだけ酷いことしてきたんだ?
おまえの親が、そのまた親が、その親が。その、生まれだけに慢心し、神の如き権力を振るってきたんだろう。
今までどれだけの平民を殺したんだよ。
やったよな、絶対。この前もやろうとしたもんな。なんかムカついて来た。やっぱり同情なんかしない。
「あっはははー、アリアーデ様、天国から地獄だね。
人様の命を軽んじてるから、こんな事になるんだよ!
知っとけ!
おまえのとあのおっさんのは、同じ命なんだよ!」
「この野郎、何を抜かすか――!」
「アリアーデ様、こいつはなんですか?」
兵士らは、目を剥いて怒りを露にする。剣を抜こうと身構えるが、彼らの腰に剣はなかった。捕虜となった時に奪われたのだろう。
裏庭の騒ぎに集まりつつあった城の衛兵から、代わりの剣を得ようとするが、アリアーデ様に止められる。
「よい、こ奴のことは捨ておけ」
「アリアーデ様、こんな暴言を捨ておいたとあらば、我らが恥になります!」
年長の兵士の言には応えず、彼女は館の方に歩き出した。俺の横をサラッと通り過ぎざまに一言いった。
「ならば、そこで見ておれ」
アリアーデは、皆に背を向けたまま続けた。
「この私がそう言うまで、こやつの戒めを解く事も、害する事も禁ずる」
誰からも不平の声は出なかった。それだけの権威と力量が、アリアーデ様にはあるらしい。
「クラウンはどこか、軍議を開く!」
これからの事を改めて話し合うのだろう。兵士も衛兵も館に入って行く。彼らは、通りがかりに俺を睨みつけるが、誰も手は出さなかった。
ご存じのように、俺は逃げようと思えばいくらでも逃げられる。
だがまあ、アリアーデ様の映画を観るのも面白そうだと、この時は考えていた。
エタニティリザーブは健在だし。敵の敵は味方だし。攻め込んで来たリッチラン軍も縛られた俺を見て、哀れに思ってくれるだろう。
一面の青空だった空に、雲が大分増えてきていた。
腕が痺れてきた。俺も根性あるなあ。羊を演じて冒険者してた頃と全然違う。
そんな事をぼんやり考えていた。
まずは、先触れらしきものが城から放射状に出て行った。
暫く経つと、遠く見える町や周辺の建物から女子供達が出て来た。彼女らは大きな布に荷物をまとめて背負い、両手にバスケット。そんな出立だった。
そんなので遠くまで行けるのかな。
その後を巨大な荷物を背負う男達、荷車や馬車がついて行った。
長い列が城に向かって来たが留まることはなく、そのまま突き抜け後方に消えて行った。方角的には南だ。隣の市に向かうのだろう。
昼だけど夜逃げの様相だ。
城の辺りは小高くなっているので、遠くまでよく見渡せた。次はポツポツと城下町辺りから男達が集まって来た。
若いのも、中年のも、じいさんと言える程の歳の者もいた。死ぬ。絶対死ぬよ。あの女、やる気のようだ。
自分の身を守るためだ。仕方がないが、少し残念に思った。
さっきまで死地に云々とかっこいいこと言っといて、あっさり心変わりするのか…。
とても貴族らしいじゃないか。
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