第26話


 俺がこの辺りに来た理由は、単に旅人の大昔の与太話を信じての事じゃない。


 辺境で国境が曖昧だからだ。都合が悪くなれば、反対側に流れたりしようと思っていたんだ。


 昔は噂通り特別豊かな地域だったようだが、潮目が変わった。ここ何年かは争いが続き、絶えず隣国と小競り合いが続いている状況のようだ。


 国境線が変わるのは日常茶飯事だという。

 不定の輩が、誰かになりすますのには都合が良いと考えていた。


 王国が軍を派遣しても、他の領主がこの土地を奪い返しても、領主は死んだし、まんまアリアーデ様の手には戻らないだろう。

 そうそう、兄が存在していたようだな。兄上はどうしたって?



 「兄上はどうした。父上と同行していたはず。誰も戻らぬのか?」

 「誰も戻ってはおりません。わからないのです…。

 彼らはツェール様のことは言わなかった」


 死んだな、死んでるよ。一緒にいたんじゃ、それは討ち取られてるよ。

 かわいそ、アリアーデ様。もう全然からかう気も起きそうにないわ。お前は戦争に関係ないからって、改心して俺の縄解いてくれないかな。


 「砦の人員の被害は?」

 「大きな負傷のない者は…我らだけでした」

 年長の兵士は悔しそうに肩を落とす。その二人もどう見ても軽傷ではなかった。


 「そうか…それを、私に渡せと言われたのだな」


 アリアーデ様の視線は、もう一人の兵士が先程から掲げていた書簡に注がれていた。若い兵士が口を開く。

 「はい!」


 アリアーデ様は書簡をその場で開いた。この城でアリアーデ様より上の立場の者はもういないのだろう。


 持ち前の、感情の乏しい表情を書簡に向けていたが、ほんの少し目線を滑らせただけで目を眇めた。


 「アリアーデ様、一体なんと?」

 「兵士は武器を捨て、城前の広場にて投降。私一人、城内で夜着を着て待てと。

 …それで、シカランジ市民の生命、財産を保障すると」


 「あの、クソ野郎!」

 「リッチランの奴ら!こんな書簡はあり得ない。恥知らずが!」


 眇めた銀の眼を、平時に戻したアリアーデ様は他人事のように語る。


 「何もかも…奪う気なのだろうな。残ったものだけが歴史を語れる」

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