第24話

 牢に迎えに来たのはエナンだ。


 イケメンにはあまり似つかわしくない、憎しみの表情を貼り付けていた。

 からかう暇もなかった。

 すごい勢いで突っ込んできて壁に叩きつけられ、逃げ場のない狭所で棍棒を振るわれ、朦朧としたところを乱暴に引き摺り出された。


 と、エナンは思っただろうが、ちゃんとダメージ貰わないよう立ち回っていた。

 おまえなんかにやられるかい。超速を使って立ち回った。

 おまえが殴っていたのは俺が手にした鉄の棒だよ。ガーと肉を焼いた棒だ。妙に固い手応えだっただろ?鋼の筋肉だと思ったか?



 連れて来られたのは裏庭だろう。

 煙突が見える。炊事場の裏だと思われた。少し先に、館の通用口が見える。通用口とはいっても二枚扉の立派な物だ。天井も高く、長い槍を持っても入れそうだ。


 石積みの塀が敷地をぐるりと囲っている。不良がタバコ吸ったり、気に入らない奴をしめるような所だ。屋敷の窓も遠く小さい。誰も先生を呼んでくれそうにない。


 俺は、馬を一時的に繋ぐだろう柵にT字に括りつけられていた。

 その横で、主人を待つ犬のように、エナンは一方向を見つめて動かずいた。


 兜以外フル装備の鎧を着こんでいる。正装、晴れ姿なのだろうか。マントが風で揺れる。腰に付けた長剣が見える。

 俺を一刀両断にして褒められるつもりなのだろうか。


 彼の表情が緩むと同時に、風を伴ってアリアーデ様は現れた。


 白のブラウス、濃紺のジムスリップ。細い腰を同色の布製のベルトが引き締め、胸も腰も優美に表現されていた。グラマーとか、スーパーモデルとかいう感じじゃないが、均整の取れた優美な容姿だった。


 隙のない貴族のお嬢様は、俺の前に向かい合わず斜めの位置に立った。

 さして興味なさそうに白銀の髪を揺らし、白銀色の眼で俺の顔をちらりと見て、少し怪訝な表情をした。


 俺が先に口を開く。

 「随分、放っておいてくれましたね。忘れちゃったのかと思いましたよ?」

 「…お前ごときに構う暇はないが、不審者をいつまでも止め置く手はない」


 このゲームに勝てる気がしてきた。

 ポーズだ。俺ごときを目の敵にしては、配下にも親にも示しがつかないのだろう。だから二日間放っておいた。

 だが、誰にも手を出させなかった。コイツは俺に本気になっている。


 いや、俺に惚れたとか、自惚れているわけじゃないよ。

 間違っても誰かの手で、死んで欲しくない、自らの手でってヤツだ。弄ぶる方法は私が。殺すなら私の手で。命令で。思い通りの惨めな俺の最後を見ないと、到底納得できないのだろう。

 それだけのことをした自負がある。


 「まあ、俺なんかにムキになったら、配下に笑われますよね?」

 アリアーデ様のこめかみがピクピクと動く。僅かだが表情が見える。


 後ろに控えるエナンは、口を開きかけるが抑える。偉いぞ。

 「…口の減らぬ。食事を与えておらんのに、随分元気だな?」


 やはり思慮深い。観察力もある。彼女は、俺がちゃっかり食事を取っていたのを見破っているようだ。

 「アリアーデ様、俺は確かに貴女に無礼は働いたが、理由がないわけじゃない。

 貴方たちが言い分を聞いてくれないから、仕方なく…」


 「下司がーーーー!神聖な聖女の名を!アリアーデ様の名を呼ぶなーーーー!」

 エナンが割ってはいる。噛みつきそうな勢いだ。唾が飛ぶ。野犬が。


 『お前は、口を閉じていろ』

 これは俺の、アリアーデ様の口真似だ。

 この体は結構女子声が上手く出る。ちゃんと彼女のように淡々と述べた。


 「き、貴様――――!神聖なアリアーデ様の真似を!なんたる不遜!

 アリアーデ様がいかに犯さざる聖域の住人か、わかっておらんのかー!


 アリアーデ様は幼き頃から、光の乙女、白銀の妖精と謳われ、諸領の貴族には銀の娘と、伝説のように神格を持って語られている、真に神聖な…」


 「… エナン、わからぬのか、お前は黙っていろ」

 「ハッ!」


 今度は本物の語りだった。アリアーデ様はエナンに向けた視線を戻す。少し思案顔をすると、少し目を見開いた。


 「そうか…やはり、お前はあの男を守ったのか」


 こいつ…!

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