第23話
これ以上はやばい。
今のは、まるでからかう気はなかった。
臆病な俺の、素直な気持ちだったんだ。演じたキャラからも離脱できた。
「…手をお出しなさい」
なんのことやらわからず俺は顔をあげる。
アリアーデ様は顎で促した。
立って手を鉄格子の外に出せと言うことのようだ。俺は素直にそうした。
アリアーデ様は鞭を持っていた。
「いいと言うまで手を出していなさい。これに耐え切ったら…」
言い終える前に、アリアーデ様は振りかぶった。
ヒュッと鋭い音が鳴るが、アリアーデ様の鞭は空気しか切り裂けなかった。
俺は手を引いていた。
「なんのつもりだ。赦して欲しいのではないのか」
「いや、多分、アリアーデ様は、俺が骨の見えるまで打たれても耐え、そこに犬の糞をなすりつけられも耐え、油を注いで火をつけるのにさえ耐えても、俺を赦すとは言わない気でしょう?」
「……汚らわしい、お前のような下郎が我が名を口にするな」
話を逸らしたね。図星だったようだ。
下郎とする約束に意味などあるわけない。うつけめが!そう言って大笑いする予定だったのだろう。
「ではなんと呼びましょう?」
「呼ぶな、下郎め」
「はーい、………………」
ア・リ・アーデ・サ・マと、声を出さずに、口の形だけを動かした。
アリアーデ様の頬が僅かにピクつく。口を閉じてすましているが、歯を食いしばっているのがほんのりわかる。
俺はまたもや彼女の感情を引き出した。ちょっと嬉しい。
アリアーデ様は不意に歩き出した。
尻尾を巻いて逃げるかと思ったが、壁際に置かれたバケツをとった。ゴミが浮かんで何やら澱んだ水が入っている。
婦女子の細腕でそんなわけない。と、思えるほど軽々と片手で持ち上げ、俺に向けて投げつけた。
木製のバケツは鉄格子に当たり、粉々に砕けた。爆発のように、一面に広がった水を避けられるわけもなく、俺は異臭のする不衛生な水でびしょ濡れになった。
なに今の…この人、ただの乙女じゃない。
「ちょうど、シャワー浴びたかったんだよね」
そんなことしか言えなかった。
アリアーデ様は無表情を取り戻していた。ブワッと、風音がする勢いで踵を返し、牢屋を後にした。カツコツと、均質に遠ざかる足音が格好良かった。
びしょ濡れにされた、床の敷き藁が地味に辛かった。
濡れたケツから体温が石床に吸い込まれていくのはキツイが、ここで魔法を使うのは自重した。
俺はまだ、楽しかった。
大分面白がっていた。巻き込まれ型の方が、自分向きなのかも知れないと感じる。
俺はピュアな自分に近づいているのかもしれない。解放の時は近い。
次にアリアーデ様と邂逅したのは二日後だった。その間、何もなかった。食事も無しだったけど、牢屋って安心して眠れる。
普通なら、俺は兵隊さんに適当に痛ぶられて処理され、終わりだっただろう。
だが、アリアーデ様は俺の前に現れる。
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