第22話

 鉄格子から一メートルほどの距離を保ったまま、アリアーデ様は立っていた。

 俺に冷たい目を向ける。


 彼女は全くの無表情だった。なにかゾクゾクする。


 陶器のように熱が見えない。

 この人は、このお方はマジで俺のことを虫けらみたいに思っているんだろう。

 凍り付いた表情。白い、本当に肌が白いね。本物の色白だ。正にブルーブラッドだ。


 牢内は、先程までの湿気たかび臭い空気とは変わっていた。

 ほんのり良い香りがする。

 

 貴族、貴族だよ。

 貴族のお嬢様と牢獄で一対一なんて有り得ないシチュエーションだ。


 ここには君と俺しかいない。

 漂う空気を全部吸い込みたい。なんか興奮してきた。

 なんだ俺は?自由になると、こんなにも解き放たれるのか?


 

 「お前は一体何者か?あんな事、普通の人間にはできぬぞ」



 アリアーデ様のこの一言に、俺は意表をつかれた。

 恥辱に怒り、復讐しようとしている貴族のバカ女のそれではなかった。

 思わず見直した。


 彼女は理性的で、冷静な人間のようだ。


 感情のない銀の眼、淡々としか語らないが、よく通る澄んだ小さな声。

 もしかすると、つまらないものを侮蔑しているのではなく、これが彼女の通常モードなのかもしれない。


 「この状況を逆転できる、何某かの力が、お前にあるのなら、今言うが良い。

 行き違いかも知れん。私は、無駄に争いたくはない」


 「そんなに俺の指テクに感動したんスカ?」


 せっかくの話し合いの機会を無駄にするかもしれないが、俺は一度相手に見せたキャラを変えられない節がある。


 返事は、半分閉じられた瞳だった。

 ゴミが、そんな冷たい目線だが、あくまでも変化は最小だ。


 「いやあ、あんまり造形が美しいから、突ついちゃっただけだよ。ごめんね」


 なんでだろう。俺は、こんな言葉を吐く人間ではないのだが…。

 アリアーデ様は、俺を見るのも嫌になったようだ。顔を背ける。


 「…あいわかった」

 横顔のまま、アリアーデ様は俺に蔑みの視線を送る。


 「本当に、ただ殺すのではもったいない。

 生殺与奪権を完全に握られていて、その余裕と自信がどこから来るのかわからぬが、私は、お前の喉を必ず鳴らせてやろうぞ。


 泣き叫ばせて、慈悲を乞わせよう。殺してくれと、乞わせてくれよう」


 アリアーデ様はこの間、一言告げる度、一段ずつ背けた顔をこちらに向けてきていた。

 平坦な、暗い牢獄の岩屋に響く、感情のない声音が逆に怖かった。

 自分より上位の存在に感じたんだ。

 段階を経て、ゆっくりと動き、とうとう視線が正面から交錯する。銀色の睫毛に縁どられた、心無い銀色の瞳。その瞳孔の黒さが虚無のようで怖かった。

 魔物か…。


 「今すぐひざまずいて、赦しを乞うのなら考え直してやってもよいが…」


 「どうか、お許しください。やり過ぎでした!」

 俺は、素早く土下座していた。


 頭を下げているので、彼女がどんな表情をしているのかはわからないが、メデューサがそこにいるような黒い気配が漂った。


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