第19話
まあ、そんなわけなかった。
アリアーデ様の城は、城下町を越えた先にあった。
町からは大分距離があり、城の周りは牧草地、畑などに囲まれ、辺りに目立つ建物はない。のんびり領地だ。
俺は城の地下牢にぶち込まれていた。
城といっても、そんな大層なものではない。一部に塔はあるが実用重視の建物だ。周りを囲った石塀も低く、戦いを想定して作られてはいない。
閉じこめられたけど、俺は愉快だった。
もしかすると俺は、貴族の鼻っ柱を折るために異世界に来たのかもしれない。
なんか…性格の悪さが表に出て来た。
乱暴に連行はされたが、暴行を受けてないし、殺されてない。あの騒ぎで、村人のおっさんの事はうやむやになった。多分、今頃もう家に帰っているだろう。
そして一番面白いのは、隣の房にぶち込まれているイケメン兵士の存在だ。
楽しかったので、俺は時を戻さなかった。
俺は無敵の旅人なんだ。こういうのを楽しみにするべきなのだろう。
目を向けると、隣の房には何もかも失って突っ伏した男がいる。
この牢屋は、隣との間仕切りが石壁だけではなく、一部が鉄格子で仕切られていた。仲間達に突き飛ばされ、膝と両手をついたままの姿勢だった。四つん這いのままで、ずっとイケメンは動かない。
あの姿勢の金髪の兵士をカンチョウしてやったら、どんなに受けるだろうか。
こっちにケツ向けろよ。
「元気出せよ」
「………」
「返事はない。ただの屍のようだ」
前世のお約束を呟くが、彼にはまるで聞こえていないようだ。
まあ、聞こえていてもこの世界の人には意味不だろうが。
いまだに同じポーズのイケメンにもう一度話しかける。
「おまえ、あのお嬢様が好きなのか?
見たところ、この地の領主の娘って感じだが、身分はどうなんだ?
話聞いてた感じだと、おまえ貴族じゃないよな。こんなとこぶち込まれてるし?」
返事がない。石化しちまったのか?
俺は攻め手を変えることにした。
「姫のボッチ、おまえより先につついてごめんな?」
ガチャーン!
顔を真っ赤にした、憤怒のイケメン兵士が、間仕切りの鉄格子を両手で掴んで吠える。
「この下司がー!貴様はー!貴様だけはー!許さ―――ん!」
大した剛力だ。ガタガタと鉄格子を軋ませる。石の粉塵がパラパラと落ちる。もっと怒らせれば、牢が壊れて逃げられるかも?
いやいや、隣の房と繋がっても逃げられないな。
『これが、あの娘の胸のボッチをつついた指だよ?』
優しい声音で語りかけた。アニメ少女の口調だ。俺自身がビックリするほど、かなりポップで可愛いアニメ声が出た。新しい才能を発見。
瞬間、イケメンの視線が俺の両人差し指に集中する。少し鼻の穴が膨らむ。
『フワーっとしてたよ?
この世のものとは思えない柔らかさだったよ?
どこまでも、抵抗なく入っていったよ?』
「… だ、だからなんだ、き、貴様は…なにを言ってるんだ」
『触ってもいいよ?』
イケメンが息を飲んだのが伝わる。
『余韻が残ってるうちに』
本当に良い、アニメ声だった。
時が止まっている。さすが時空を操る者。我ながら感心する。
イケメン兵士は俺の指先を凝視していた。
彼は俺の指紋すら読み取っているようだ。彼の少し荒くなった呼吸音だけが、薄暗くかび臭い石造りの牢内に響いていた。
彼は数秒たって我に帰り、叫んだ。
「バカにするな貴様ーーー!」
あ、そう残念。
俺は彼の前に指を掲げる。そして思わせぶりに、ちょっと自分の口に入れた。
ヌポ…
「うわああああああああーーー!やめろーーー!」
イケメンの目に涙が浮かんでる。
超おかしい。
なんかもう、こいつを全然憎めなくなってしまった。
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