第18話


 優しく、その先端に触れた時。

 アリアーデ様が肩を震わせ、息を呑んだのを感じた。


 だが、あまりに堂々とした俺の動きに、機先を制されたのだろう。半ば口を開いたままで、アリアーデ様は止まってしまっていた。

 

 彼女の逃げも攻めも発動しなかった。

 周囲の時も同時に凍った。


 

 誰もが想像もしていなかった。誰もが思いもよらなかった。

 あまりの事態に、皆が凍りつき動けなかったのだ。


 俺だけが自由に動けた。


 

 最初はソフトに、そして、じわじわと力を込める。高級な軟式のテニスボールのように、抵抗なく右手の人差し指は沈んでいく。

 服地に新たなシワがよる。少しの抵抗が出たあたりで指を素早く戻す。全部引くと見せかけて、更に押し込んだ。

 

 彼らが絶句しているうちに、左手も隣のボタンを押し込んでいた。

 はじめソフト、じわじわと押し込み、さっと引く。そして自然と両手のタイミングを揃えると連射モードだ。

 

 迫り来るゾンビ共を撃ち殺す。そんなゲームをやっている途中の、ゲームパッドよろしく猛烈に連打した。


 「い、いぃやぁあぁーーーーーーーー!」


 超高音の、実に良い声だった。

 これが絹を裂くような女の悲鳴というやつか。


 アリアーデ様は半身になって胸を隠した。両腕でかき抱き、いきなりの蛮行に、見開いた非難の目を乙女のように向けている。


 全然人形じゃなかった。心あったんだね。こうなると貴族の威厳もなにもないな。

 ちょっと可愛い。十九と見積もった歳も、もっと若いかも知れない。


 だが俺の指は、それを追いかける。ここで逃しはしない。

 もうとっくにロックオンしているんだ。脇腹から手を差し込み、迷いなく先端を見つけると、今度は携帯のバイブのように微振動を与え続ける。


 「きゃあぁぁーーー!」


 「こらー、きっさまーーーーーーー!」

 イケメン兵士が、最初に唖然の呪縛から脱し、踊りかかる。


 顔を真っ赤にして青筋立て、歯を剥き出しにし、武道も剣術もない。ただ感情のまま、力任せに腕を振り回してくる。


 俺は時空を操るが、そんな幼稚な攻撃をくらったりしない。魔法を使うまでもない。海に漂う海藻のようにぬるりと避けた。


 ボクンと、くぐもった響き。


 「「「あ…」」」

 俺も含めて一同絶句する。


 時が止まった。

 あろう事か、イケメン兵士はアリアーデ様のバディに、拳をめり込ませてしまっていた。


 俺が斜め下にぬるりと避けたので、動きを追ってしまったのだろう。

 淑女の身体がくの字に曲がる。


 「うげえぇ…」


 これはアリアーデ様の声だ。

 プークスクス。いい!いいよ、キミ!ナイスプレー!


 イケメン兵士はというと、古の映画、シャイニングのヒロインの驚き顔も真っ青なほど、目も口も裂けよとばかりに開いていた。


 魂出ちゃうよ?

 超受ける!


 貴族のお嬢様にあるまじき声を聞いたおかげで、俺の溜飲は落ちた。超スッキリ。もう、さっきの憤りは消え去っていた。


 元々俺に、正義感なんてものはない。すっかり面白がっていた。思いつきで飛び出す。


 「なにをするんだ、騎士だろ、おまえは。なんて事、するんだー!」

 俺はアリアーデ様を庇うように、イケメンの前に立ちはだかった。

 立場逆転だ。


 「いや、そん…おま…」

 いや、そんなつもりは、おまえに言われたくない。そう、イケメンは言いたいのだろう。


「おまえはなにしてんだ。か弱い婦女子の腹に、鉄拳ぶち込んで!

 騎士の拳は、そんなことの為にあるのか?

 お嬢様にうげえぇとか、言わせておまえはー!

 

 牛の、ゲップみたいな音出させやがって!

 アリアーデ様、自殺もんだぞ、バカ野郎ーー!」


 その身を海老のように折り曲げ、苦痛に脂汗を浮かべていたアリアーデ様の白い額に、更に汗が吹き出した。


 「この私が…牛のゲップ…音……?」

 苦しげではあるが、あくまでも彼女の音調は変わりない。淡々としている。

 吐き気がするのか、ふらふらしながら口を抑えた。


 「何を言うか、貴様。バ、バカを言うな、き、貴様は、貴様こそ、光の乙女アリアーデ様の神聖な乳首を散々つついたじゃないか、許さんぞ!」


 神聖な…コイツ大丈夫か?

 心配だなあ。俺がこのテイクをクリア出来たら、おまえがアリアーデ様に不埒な懸想してるって、バレちゃうぞ?


 まあ、万が一にも無いだろうけど。


 悪ふざけが過ぎたか、気づくとアリアーデ様の顔色は、真っ青を越えて、紙のように白くなっていた。

 このままではアリアーデ様は衆人環視の中で吐いてしまう。ゲ○を。


 光の乙女。銀の娘。そう言われていた娘の醜態を、少しだけ俺は哀れに思った。

 なので、そこにあったイケメンのマントを引っ張り、アリアーデ様の粗相を他の従者から隠した。


 身体の深部から湧き出す、シャンパンの泡の放出先を、目を踊らせ探していたアリアーデ様は、突然現れた死角に安堵する。


 だが、狼狽えて、なにも見えずにいたイケメンが、下司と称する俺にマントを引かれて放っておくわけがなかった。


 力任せに引き、取り返した。


 お嬢様はシャンパンファイトの最中だった。


 驚愕の表情のイケメン。

 余波を口元に煌めかせながら、あっけに取られたアリアーデ様。


 なんだか知らないが、この時の俺は早かった。

 くるりと回り、従者から彼女を隠した。

 「見るなーー!ゲロ吐く、アリアーデ様を見るなーーー!」


 俺って、こんな奴だったのか?

 本当に性格悪かった。


 これがピュアな俺なのだろうか?

 隠した方がいいのでは…。


 いや、待てよ。この、お嬢様を庇う一連の立ち回り。


 

 もしかするとこれはアリアーデ様、俺に惚れちゃうんじゃね?

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