第13話
ガーは、六歳頃にカズミガン山脈の向こうから攫われて来たようだ。何日もかかる工程だと。
それでだ。さっき飛んでて思ったんだけど、アレ、めちゃ楽だ。なんで今まで気づかなかったんだろう。
俺は能力を隠そうって気持ちが大きすぎるんだよね。空が薄暗くなったらそう目立たないし、これからは使って行こう。
俺は、腹が膨れて夢心地になったガーを小脇に抱いた。後ろ頭を上から見下ろす格好になった。犬、これ犬っぽ!
クンカクンカしたくなったが、やめておく。
俺は重力を操って跳んだ。ガーの村と、ギバー領を隔てているカズミガン山脈は、さすがに一跳びで越えるというわけにはいかなかった。
重力を消せても風や空気抵抗は消せない。
勢いが消えたところで重力を少々戻し、着地する。そしてまた跳ぶ。俺は七回ほどで急峻な山脈を飛び越した。
夜風に目を覚ましたガーが問う。
「…トキオは何者?」
「俺は魔物だよ、言っただろ、この世の混沌が生み出した世紀の魔物だよ」
ガーの村に降り立った。夜で難しかったが、ガーの鼻が見つけてくれた。陸路なら三日四日かかるだろう所に、一日もかからず到着した。
「みんなー、魔物のトキオだよー!
世紀の魔物のトキオが助けてくれたんだ!助けてくれたんだよ!」
四年前に消えてしまった子供が村に帰って来た。
大事件だ。だが何故かガーに、緊迫した感じがないので、迎えた村人たちもそれに引きずられた感がある。
村の偉い人も、彼の両親も礼に来たが、俺は彼らを殊更避けた。
ガーはなんか、ずいぶん頑張って俺の言ったことを触れ回ってくれた。話を逸らしてくれた感さえあった。
賢い子だ。なんかなあ…子供に気を使わせて情けない。まあとにかく、ガーを故郷まで送った。気まぐれミッションをコンプリートした。
そして夜が明けた。
昨夜、突然村の中心に現れ、村中を喧噪の渦に巻き込んでしまったが、獣人たちは村をあげて歓迎するという。別にガーは、村長の息子でも獣人の長の親戚でもなかったけど。
村人達は言う。友として歓迎の宴を開かせてくれと。
だが断る。
俺は、村長その他に急用があると告げ、踵を返す。
「トキオ待って!どうして行っちゃうの」
風呂に入って、更に身ぎれいになったガーを見て驚いた。
そんな顔していたのか。かなりの美少年だった。
いや、というかごめん。おまえ…女子にしか見えないぞ。
日の下で、まじまじと見ると黒に見えていた瞳は、奇麗な藍色の目だった。そこから涙が次々とこぼれる。
おいおい、今心臓が高鳴っちゃったぞ。可愛いすぎだろ。この可愛さを俺は否定できない。犬耳だし。
なにこれ?そういう話なの?
俺は、そういう世界を知るために異世界に来たの?
いや、無い無い。俺は女子が好きだ。
「ガー、俺は行く。おまえみたいのを救わなきゃならないんだ。使命がある」
思い付きで述べたが、恐ろしいくらいの切れ味だった。
なんて恰好いい設定の男か。
それでもガーは、濃い藍色の目に涙を一杯に溜め、俺に細い腕で縋り付いて離れなかった。
何か言いたげだ。
どうした。泣くなよ、泣くほどの付き合いじゃじゃないだろ。肉が欲しいのか?
なんか、胸がざわつくからやめてくれ。人に懐かれた経験がなくてマジ困ってしまった。
俺は約束した。必ず近いうちにもう一度来ると。
すると彼は、やっと手を放してくれた。
カズミガン山脈の中腹で、彼らから土産にもらったアイテムや食べ物を整理していた。
遥か遠くになった獣人の村を見渡す。
あの辺にあるはずだが、霞がかかっていて視界には村の片鱗も見えなかった。
実はガーが手を放した時、俺は少し残念に思っていた。もうちょっと頑張ってくれたら、ずっと残ったかもしれないのに。
俺って奴は…本当に。
というか、なんで逃げ出したんだろう?行く所もないのに。
俺には人助けの予定なんかない。あるわけない。
ちやほやされるのに慣れないんだ。
いや、違うな。てのひら返されるのが怖いんだ。腹黒い俺のことだ。きっとその日は来る。後で嫌われるぐらいなら、良い思い出のまま去ろうというわけだ。
あるある。あり得る。正解だろう。
小さいな、俺はなんて弱いのか。いや、これがありのままの自分だ。これからアッピールする奴だ。
それに、少しでも俺の秘密を知ってる奴と一緒に居たくない。
ん?これが一番しっくりきた。
利用されるのが怖かったんだ。だから、逃げる。実に理にかなってる。
俺は心の平穏を得た。
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