第12話
目標も決めず、闇雲に逃げたその先で、俺は河原を見つけた。
そこで、まずはガーに飯を食わせようと思った。
俺は、顔を洗おうとして川の水際に座った。
『痛い。痛たた…』
なんか水面に映った自分を見て、急に恥ずかしくなった。金色の折り紙の冠を被った、学芸会の王子様役より痛い。
こんな顔を晒して笑っていたのか…酷い黒歴史だ。
いや、大丈夫だろう。この世界には街灯も防犯ビデオもない。悪魔に見えただろう。見えるに違いない。見えたはずだ。
どっかで聞いたよ。犯罪を目撃した民衆の証言は実に不正確で、イメージで適当ぶっこくものだと。
とにかく、お食事会が先だ。今夜は俺ができる限りの最高を目指す。星なし独身男の入魂料理を見せよう。俺は目一杯頑張る。
先ずは炭を出す。カリンカリンと音がする。前世では高級燃料だが、ここでは割と安価で手に入る。麻袋に一杯詰まった物を幾つか買い置きしてある。
俺は魔法で火をつける。一気に炭全体が赤くなるまで加熱する。魔法本当に便利。
ガーに二股の枝を探してもらい、石を並べた釜戸の横に立てる。
そこに鉄串に刺したオーク…いや豚肉を乗せ炙る。グルグルと鉄串を回す。前世では、全ての男が憧れたやり方だ。
炭火は赤々と燃えているが炎は立っていない、最高の加減だ。肉は筋を断ち、余計な脂身は落とした。
塩、胡椒を塗り込む。この世界で胡椒は大変貴重な物だが、俺は前世の記憶があって無しには生きられない。大枚払って入手していた。
表面が焼けて脂がうかんで来ると鼻孔をくすぐる豚肉の香りがする。ゆっくりと回す。こうして回すことによって脂身の少ない部分にも脂が回るんだ。
ガーは傍らにいる。盛んにまだかと聞くが、俺はまだまだなのを知っている。豚肉にはしっかり熱を通さないと。オーク肉だけども。
もちろん、お腹の空いた子供にそんな非道はしない。彼には先にパンとスープを与えている。彼はペロリと平らげた。
でもこれは、待っていて欲しい。俺は料理を楽しむ世界から来たのだ。
大きな塊肉で焼くのは、肉汁を溢さないようする為だ。表面を焦がさないように加減を見て回す。中にゆっくり熱を伝えていく。鉄串から伝わる熱が中心部も過熱できる。肉を焼く最高の方法だ。
何しろこの時間が素晴らしいじゃないか。熱変形により、炭の奏でる金物のような高い音。
時々、火に脂が落ち蒸発する音。紅々と燃え揺らめく炭の色に黒点ができるが、すぐに紅が戻って来る。
涎を垂らしそうな目で肉を見る子供。獣人は鼻がいいと聞く。彼が今、どんな香りを味わっているのか。
時々、ガーにも肉を回させる。
俺は、炭と別に流木を拾って焚火もしている。闇に囲まれた河原には、明かり用の焚火だけがオレンジに揺らめいている。
肉を回すガーを見る。自然な笑顔だ。さっきまでの無表情が嘘のようだ。
手と顔を洗わせたら、ガーが、形の奇麗な目を持っている事に気付いた。瞳は黒かな。とても大きい。
オレンジの炎を映す、その黒い瞳が、息を飲むほど奇麗だった。
キラキラと輝いていた。
その、美しいとも形容できそうな瞳が、焼ける肉だけに向けられているという絵が、なんか良かった。
俺は、時々串を刺して焼け具合を確かめる。
その都度ガーは身を寄せて尋ねる。俺だって空腹だったが、その時を待った。
その時が来た。俺がグッドサインを出すとガーは少し跳んだ。
空腹は最高の調味料。そうはいうが、今回文句なく美味しいんじゃないだろうか。
俺はガーに先手を譲った。
子供相手だ、いきなり齧り付こうとするのは諌めた。
「熱いよ?」
ガーは助言を聞き入れフーフーする。素直だ。かわいいぞ。
切り分けた肉塊にバクリと嚙みついた。ここからが大変と思って見ていると彼はアッサリと食いちぎった。感心する。犬歯が発達しているのだろうか。それとも肉が柔らかいのか。
彼はむぐむぐやってから、雷に打たれたように打ち震えた。
そして俺に大きな目を向ける。何か言おうとしたようだが、何故か急にそっぽを向いてしまった。
もしかするとあまりに旨くて涙が出たのかも知れない。うんうん。男の子としては見せたくないな。
「いただきまーす!」
俺も一口いってみた。
これ以上じらすのは体に悪い。焼けて少々固くなった表面に歯を立てる。えいやと力を込めると、俺の犬歯も皮を突き破る。どっと、肉汁が溢れ出してきた。
表面の香ばしさと、塩っぱさが舌先に感じられた所で、肉汁の甘みが口の中になだれ込んで来る。
豚肉旨い!
牛肉も旨いと思うが、豚肉には豚の良さがある。俺は豚ちゃんが好きだ。
胡椒も、いい仕事をしている。
香りと刺激が鼻奥を突く。口中に頬張った、歯切れの良い肉の食感に夢中になっているとあっという間にエンディングだ。頃合いが来たところで飲み込む。
ああ、のど越しも良い。適度なごろごろ感がたまらん!
そしてまた一からやり直しだ。次の一口を齧る。この歯応えたまらんのう!
ガーと目が合った。彼の瞳はキラキラしている。宝物だな。
俺のも少しはキラッているのだろうか。
俺は夜空を見上げた。小さな焚火の炎程度では、煌めく星々を霞ませることはできない。地球で見た事がない見事な星空だった。
「ガー、おかわりあるぞ」
「いいの!」
おい、尻尾を振るな。かわいく思えちゃうだろうが。
ご馳走様でした。
まだまだ大量にある。
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