第10話
俺は慎重を常としているが、時々はキレる事もある。
新しい自分キャンペーン中だし。
立ち上がった俺に、酒場の視線が集中する。誰一人よそ見はしていない。
「テメーらは人権ってもんを知らねーのか、ひでー事してんじゃねーよ!」
もちろん、この世界に人権なんて言葉は存在しないので、俺が言ってることがおかしい。
小男が不愉快そうな顔を向ける。
「はあ?」
額の禿げ上がった大男が、ぎょろりとした目を向け凄みを効かせた声で怒鳴る。
「俺の奴隷だ、テメーに文句言われる筋合いはねえ!」
「飯がクソまずいんだよ、テメーのせいで!」
まだなにも食べてないし、注文すらしてないので言いがかりだ。
「いや、テメーらのせいでだ!ガキが腹すかせてんのが、なんかおもしれーのか!
おまえらどいつもこいつもクソ野郎だよ!笑ってんじゃねーよ、ウンコ野郎!
なんで黙ってんだよ虫けら!テメーらは人間じゃねーよ!
ゴブリン野郎!いや、ゴブリンに申し訳ないわ、腐ったゴブリン野郎!ゴブリンのチンカスが!
このクソハゲ、短足野郎!それでよく立小便できるな、届くのかよ?
そこのくそデブ、にやけてんじゃねーよ!性器みてーな顔しやがって!
おまえ、どブスのバカ女が!なんだその頭は、ホウキみてーな頭しやがって!
おいガイコツ!カタカタうるせーんだよ!墓場に帰れ。じゃなきゃ畑の肥料にしてやろーか!
親切ぶってんじゃねーよ、歯抜けチビ!そこから音が出て、つばが飛ぶんだよ!
カエル顔が!テメーはマジかよ、ジャバザハッ〇かと思ったぞ。池のそばでカエルでも食っとけ!」
俺は店中を見渡して、目に付く端から身体的特徴をこきおろし、罵倒した。我ながらドン引きだよ。よく出るもんだよ。毒だよ。俺の心は毒でできてるよ。
一瞬シーンとしてたんだよ。
だからさ、皆、実は辛い思いがあったのか。本当は嫌だったのか。自分のあり様を、反省してくれたのかなとか思っちゃった。
けど、全然だったね。
ガアーーーーって、すっごい数の椅子が同時に鳴って、全員立ち上がった。
あれだ、いやな教師の授業が終わった瞬間の教室みたいな?
『超速』
間髪入れずに魔法を発動させたよ。頭に来てるのはこっちだ。バカどもが、よっく見えるよ。おまえらは今スロービデオの世界の住人だよ。
手入れの悪い歯をむき出しに、向かって来る禿げの大男。立ち上がる前に顔の中心部に蹴りを入れてやったよ。靴の踵だよ。エッジを立ててやったよ。
額に、血管をびくびくと浮き上がらせて、黄色い目の玉見開いて襲い掛かってきやがって、なにがそんなに憎いのか。憎いのはこっちだよ。
殴ったよ。蹴ったよ。打ったよ。叩いたよ。全然手加減なんかしないよ。
クールなもんだよ。万が一にも、その不衛生な歯に拳を当てて怪我なんかしないよう、細心の注意を払い、冷静に計算して放ったよ。
向かってくる勢いを最大限に活かし、一撃で仕留められるよう、体のバランスを調整して顔に、腹にめりこませたよ。
「ごぅぼあぁあぁぁ…」
音が籠り、間延びした世界で。キラキラと飛び散る、よだれさえも避けたよ。
この時だって、俺は動きが流線に見えるほど素早くは動かない。
いつだって冷静だ。最小限の動きで襲い来る奴らをかわし、的確に無慈悲な一撃を放った。
無駄の一切ない達人の動きだよ。
大して素早い動きを見せているわけでも、それほど力を込めているようにも見えないのに、俺に殴られた奴から順番に吹っ飛んでいく。
あっと言う間に四、五人叩き潰されて、驚いた節もあったけど、敵の勢いはまるで失せない。憎しみの視線の中心に俺はいた。台風の目だよ。
親切発言の歯抜けが、一跳びでテーブルを越えて来た。木製のビールジョッキをぶん回して迫る。
歯の間から吹き出す唾液を第一にかわし、ジョッキを持った右腕のひじの内側に手刀を当て、腕を上手に折りたたみ、唾液の放出を止めるよう顔面にジョッキを衝突させる。
「ぐぅぶえぇぇ…」
醜い悲鳴と同時に、ジョッキのビールが飛沫となって飛び散る。ガラスビーズの詰まった箱をひっくり返したみたいに、様々な大きさの金色の粒がキラキラと明滅しながら広がっていく。
その、一粒一粒が今の俺にはハッキリ見える。奥行さえ判別できる。何度もいうけど、おまえらだけスローモーションの世界だ。
次々と伸びて来る手を、ぬるりとかわして次の獲物を潰す。
怒気をはらんで殴りかかる奴らの間に、にやけ顔で襲い掛かってくる奴もいる。酒場全体を敵に回した阿呆を、タコ殴りにして身ぐるみ剥いで、ただ酒でも飲もうとでも思っているんだろう。
許さん、ぶっ殺す。襲い掛かってくる奴らは皆、親の仇だよ。いや、俺に親はいないって設定だけど。
蝶のように舞い、ハンマーで打つように殴ったよ。
女だって顔面にズバリ入れてやったよ。衝撃にひん曲がった顔を見ても、全然心が痛まないよ。超すっきりだよ。高笑いだよ。
ブラックだよ。真っ黒だよ。
性格が悪くないなんて、とても言えないよ。
毒だよ。俺は毒でできてるよ。
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