第8話


 その後も狩りと食事、休息をとる時間以外は、全て移動にあてた。通りがかったどの町にも立ち寄らなかった。


 俺が、この世界の子供の頃に聞いた辺境に向かって進んでいた。ミドウ領という所だ。海沿いの素敵な土地らしい。


 貴重な資源が際限なく採れる鉱山があり、その近くを流れる川では砂金が取れ、平原には花が咲き誇り、馬は放っておいても肥えるという領地だ。

 住民が笑顔で旅人を迎え、豪勢な夕食を無料でふるまい、家に泊めてくれる。夢のような場所だと、旅人が語っていた。


 そんなわけない。どうせ子供に適当こいたホラ話だとは思うが、俺には他に目的も縁もない。辺境というのが良いし、俺はそんなものに縋るしかなかった。


 あと、最近、男たちの噂に上がるんだ。その辺りに、妖精と言われるほど奇麗な女子がいるって。

 まあ、眉唾に決まってるけど確かめないとわからないよね。


 隣国イースセプテンとの、国境が近くにあるのも目的地に選んだ理由だ。

 ちなみに、今俺がいる国の名はガンドル。六の領地からなる王国だ。多分、小国なんだと思う。良くは知らないんだ。王がどんな奴かも知らないし。


 俺はいざとなれば国を変えようと思っている。恩義に感じる人もいない。ザマーだ。最強の冒険者を逃しちゃうぜ!


 やっぱり性格は良くないようだ。



 マズールの町を出てから六日程経っていた。俺は、ミドウ領の手前のギバー領ヨウシ市に辿りついていた。それ程日数がかかる場所ではない。俺にとって大切な用があって時間を消費していた。


 俺はこの街には寄って行こうと思っていた。

 ここは名のある貴族の領地のようだ。この街は、海を背にした断崖の上に立ち、その周りをぐるりと壁に囲まれている。


 石畳の街道が真っすぐに到達する所に、大きな都市壁門がある。その両側はどこまでも続く壁だ。それは初めて見た人々を威圧するほどの高さがあった。


 この街から、俺の新しい歴史を作ろう。目的のミドウ領に入った時に、この街から来たと言えるように、足跡を残すのだ。


 俺は慎重かつ臆病なので、こういう下ごしらえのシミュレーションをとても大切にする。


 俺は都市壁門近くの雑木林に潜み、その時を待った。二人組の旅人と、荷馬車が門に向かうところで林を出る準備を始めた。


 街に入る前に出そうと決めておいた獲物を異次元収納から取り出す。桃色ウサギの毛皮だ。用意しておいた棒に紐で括って立ち上がる。


 ちゃんと周囲を見渡し、確認していた。万が一、近くに忍びが潜んでいたとしても、地面に隠しておいた物を取り出したように見えたことだろう。


 桃色ウサギの肉は少量で、あまりおいしくない。毛皮がメインの獲物だ。結構な値段で売れる。皮を剝ぐのは大変だが、この世界生まれの俺にはそれほど苦痛ではない。


 何より獲りたての新鮮な獲物を何匹も持って行ったら怪しまれるし、下手に腕を買われるのも困る。毛皮なら、山に籠って何か月もかかって集めたことにすれば問題ない。


 俺は癒しの魔法使いだが、普通に剣は使える。ここは、ゲームのように、ジョブ以外のことができない世界ではない。


 癒しの魔法使いは初級だが治療魔法が使え、同じく初級までだが、各種攻撃魔法が使える万能職だ。冒険者では期待されないが、片田舎ではスターだ。一人で狩りを続けても違和感がない。


 荷馬車に続いたのには俺なりの理由がある。陰に隠れて見えにくいし。一人でとぼとぼ歩いて来て、殊更チェックされたり、不審がられたくなかった。

 ここまで俺は細心の注意を払った。

「よし、行っていいぞ」

 兜を被った全身鎧の門兵が、荷馬車を軽く覗いて声をかけた。ゴトゴトと音を立て木製の車輪が回る。門兵は自然な動きで俺に目を向ける。


「どーーもーー!」


 変わりたい自分に留意して、俺は明るめで声をかけた。軽く睨まれる。

 ああ…だめだよ、だめじゃんか。アホだな、俺は。演じるのをやめようと誓ったばかりなのに。そう思ったのに、なんで陽キャのふりするかな。伝わるんだよ。


「どっから来た?」

 門兵は憮然とした様子のまま尋ねる。


「山でーす」

 違うんだよ。開き直っているわけじゃない。いきなりキャラを変えると変でしょ。辛いがここは突き通すしかないでしょ。


「山?」

「はい、狩りに夢中になってたらこの辺まで来ていて、ここどこっすか?」


 馬車を見送っていたもう一人の門兵が、厳めしい顔つきで近寄って来る。

「ここはギバー領、ヨウシだ!ツダマン様の治める尊き都市だ!無礼な奴め、おまえごときについでに寄られるような街ではない!立ち去れ!」


「そっすか、じゃあいいです」


 突き通すしかなかった。あくまでいい加減な男を演じた。

 頑張ったよ。不審者を見咎める視線を痛く背中に感じながら、俺は門を後にする。彼らの視界から消えるまでは、はつらつと歩いた。


やり遂げた。

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