第7話


 鳥が、チュンチュンとやかましくなってきた時間に目を覚ます。

 俺は狩りをする。昨日、近くで動物のフンを見つけたんだ。出来立てで、ホカホカだった。

 多分、四ツ目ネズミの糞だろう。細長いのが特徴だ。

 四ツ目ネズミは猫ぐらいのサイズで、目が四つあるのが特徴だ。


 そう言えばこの世界の、モンスターと動物の区別がよくわからない。誰も教えてくれない。学者が研究してくれないからだろうか。あと、魔獣というのもいる。こいつは超危険だ。

 もっと、都市に行けば、図書館とかあって調べられるのかな。


 間違いないのが、ダンジョンいる奴らは動物じゃない。倒して放っておくと消え、魔石に代わる。地上の化け物は消えない。死骸が残る。


 四ツ目ネズミは警戒心が薄い。結構人前に姿を現す。だからといって絶好の獲物というわけではない。

 彼らは異常に俊敏、で空間把握能力に長けている。攻撃してもかすりもしないのだ。ひょいひょいと身体をひねり、跳ねて逃げてしまう。くたびれるので誰も狙わない。


 パンのかけらをいくつか投げておいたら、姿を現した。俺はしばらく黙って見ている。

 すると草陰から仲間が顔を出す。こいつらは二、三匹の仲間で行動する。

 四ツ目ネズミは距離をしっかり把握している。デッドラインを知っているんだ。人前に姿を現すが、ラインの内測には決して入らせない。


 俺は立ち上がる。尖った耳を微かに動かすが、彼らは逃げない。我先にとパンのかけらを見つけては咀嚼している。

 一歩踏み出すが、四ツ目ネズミまだ逃げない。俺は異次元収納から細身の槍を取り出す。


『超速』


 努めて速度を上げ過ぎないよう、優しくもう一歩踏み出す。ネズミ達が反応する。俺の足の動きに合わせ、きちんと距離をとる。


 動きを見せた奴に合わせ、俺は少しだけ早く前に出た。

 突然、デッドラインを越えてきた敵に、ネズミが驚き、向きを変え最速で逃げる。


 だが俺にはそれが、ゆっくり見えている。槍を少しずつ下しながら修正する。ネズミが向かう先に常に槍は向いている。


 ネズミは更に驚いて向きを変える。そこにも柔軟に槍先がついて行く。ネズミにしてみればミサイルにロックオンされたパイロットと同じ気持ちだろう。

 あとは簡単。ちょっと早く突くだけ。


 そして振り返る。予想より遥かに動きの速い俺を見て、余裕をなくした二匹が全速力で藪に向かう。

 首を回し、四つの目で俺の位置を探るが、俺はもう彼らの前に立っていた。最初から全速で行動していたら、多分一匹には逃げられてしまっただろう。

 三匹の四ツ目ネズミをゲットした。


 こいつは肉がメインの獲物だが、柔らかい毛皮も利用される。これで金が手に入る。一匹につき小金貨一枚。少し上等な宿屋に一泊して、飯が食えるほどの金額だ。

 

 最後のネズミを回収しようとしたところで、いきなり天地がひっくり返った。足首がぎりぎりと締め上げられる。


 動性のくくり罠だ。鹿や猪系の獲物を捕るために獣道に仕掛けられた罠だろう。

 彼らのように体重があれば足を引っ張られるだけだろうが、痩せた人間では宙づりになってしまう。


 っていうか、バカなのか、こんなに仕掛けを強くしたら狙いの獲物だって宙づりになりかねない。音竹の鳴る音が周囲に響く。


 音竹は、よく乾燥させて最後に火で炙って仕上げる素材だ。打ち鳴らすと、軽金属のような音が鳴る性質を持った竹だ。


 この罠はご丁寧に音竹が鳴る仕掛け付きだ。ぎしぎしと縄がきしむ中、脱臼しそうになった関節に治癒を施す。


 訪れた狩人に、逆さになったままの惨状を見せ、苦情でも述べようかと思った。でも訪れたのは意外な奴らだった。


 俺が前世の知識で語ると、オークという奴らだ。豚というより猪に似た頭と首を持っている。二足歩行ではあるが、時に四足で走る。


 人の二倍ほどの大きさで、群れを作って生活する。言語は拙そうだが、一応あるようだ。


 しかし未だ人間は、彼らとのコミュニケーションをとれていない。何しろ人を見たら怒り狂い、奇声をあげて襲い掛かって来る。


 人型をしているが、獣人とは全く違うカテゴリーにいる。この世界では野獣と見られている。だからオーク肉と称されて食卓に上がって、皆の夕餉を盛り上げている。


 だが俺はちょっと違う。原人程度だが道具を使い、家を建てる彼らをおいしく食べるのはちょっと腑に落ちない。

 ていうか前世の物語世界でも腑に落ちなかったよ。


 そうか、俺は異世界にオークと初のコミュニティを作るために来たんじゃなかろうか?


 彼らは三人程で現れた。やはり俺には三匹とは思えない。ぶら下がった人間を見て最初にしたことは大笑いだった。


 正直むかついたよ。彼らの罠に掛かるなんて。なんて間抜けかと思ったさ。でもさ、笑うってやっぱ人じゃない?


 これはあれだ。もしかすると仲良くなれるんじゃない?

 そんな風に思ったんだよね。


「こんにちは、変なのが罠にかかってごめん?」


 いやあすげーよ、噂通りだよ。いきなり奇声あげて突進して来たよ。さっき笑ってたのは何なんですか?


 いや、俺はやる気はなかったんだよ。でも足は縛られてるし、ぶら下がってるのが怖かったんだよ。後から考えたら、手はあったんだけどね。


 彼らのテンションと勢いが、マジで怖かったんだ。超切れてるんだよ。怒り顔で、よだれを散らして、叫びながら石斧を投げつけて来るんだ。

 ぐるんぐるんと回って飛んでくるんだよ。打製石器だよ!あの粗野なヤツだよ、マジで怖いよ!


 目真っ赤にして、怒り狂って槍投げてくるんだよ。打製石器だよ。

 その槍先に付いた毒っぽい液が怖いんだよ。あいつらの毒は不衛生な汚物だって聞いたことあるからね。

 恐怖だったんだよ。マジで恐怖したよ。

 あと縄を切って俺を地面に落とそうとするんだよ。もう無我夢中でやっちゃったよ。


 そしたらなんか、次々と仲間も集まってきてさ。初級風魔法を連発して切り裂いちゃったよ。


 この世界の呪文の威力は、個人の魔力に関わる。同じ呪文を使っても魔力が違えば、結果も変わるんだ。


 普通の人は調整なんかしないが、俺はずっとしていた。小さい方に。

 普通の魔法使いのウインドカッターはネズミを瞬殺するくらいの力しかないけど。俺のは、巨体のオークだって両断できる。それだって最大じゃないけど、この時は考えなしに放っちゃったよ。


 あっという間に血の海だよ。


 いや、負けるわけないんだよ。俺は無敵だからね。

 でもね、仲間になれるかもみたいな所まで心を広げてたから、驚いて咄嗟に戦うしかなかったんだ。


 どうするんだよ、この死体の山。このバラバラ具合じゃ売るのにも困るよ。前世で誰かが言っていたよ。食べる分だけ獲ろうって。


 …食べるよ。頂きますを言って。

 


 俺は、血みどろの凄惨な現場を急ぎ足で後にした。


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