第5話
…あれ、俺ってめっちゃ恰好良いんじゃない?
手助けしたことすら悟られずに立ち去る。こういうのを、人々は恰好良いっていうんじゃない?
これか?
俺はこういう風に、隠れて人々を助けるために、この能力を得てこの世界に来たのかもしれない。
うん、悪くない。
矢面に立って鼻高々になるタイプではない俺は、思いがけない新たな道を見つけ悦にいる。
ふふふ…得意顔で妄想を膨らませていたら、大変なことになった。
「何してるんですか?」
イラーザに見つかった!
だから目ざといんだよ、おまえは!一体なんなんだよ?
まさかこいつ、さっきの目線は俺を探していたのか⁉︎
俺は、隠れて座っていた姿勢のまま動けなかった。
イラーザにも、まともに顔を向けられない。ほぼ壁面を向き、視界の端に彼女を収めたまま固まっている。
戸惑っている内に、デッキが彼女の後ろに姿を現してしまった。
イラーザは小さいので、デッキは彼女の頭の上に顔を出した。
怪訝な顔で俺を見下ろす。
「おいおい、トキオかよ。なんだ、こんなとこまで一人で来て?
まさか、パーティに戻りてーとか、言うんじゃねーよな?」
イラーザは、腰を曲げて目線を合わせてくる。L字のような格好だ。両手で杖を支えにして迫る。顔面だけが近づいて来る。
「トキオさん……あなた。
私たちが失敗すると思って、尾けていたんじゃないですか?」
「なんだよ、この野郎。俺たちがテメー抜きじゃ、何もできねえとか思ってんのか?」
カツン、コツン、カツン、コツン。
洞窟内に硬質な靴音を響かせ、シリルが近づいてきた。まるで真打登場とでもいうように。
彼女は、座ったままの低い姿勢でいる俺を見るのに、まるで首を曲げなかった。立派な胸の上に、顔が見える。俺を見下ろしていた。見下している?
それは汚物を見るより険しい表情だった。
「あああ、そうなんだ…。私たちの危機…見てたんだ。そこで…じっくりと」
彼女の、閉じる寸前まで細められた瞳が、俺を見据える。
「安全なところから……隠れて見てたってわけね……何もせずに?」
彼女の言いたいことが、その意図が、仲間達に伝わっていく。薄暗い洞窟に、彼女の声だけが響いていた。
「へーーー…………………………」
俺は逃げた。シリルの、侮蔑がめっちゃ込められた、……の無音のうちに、続きが発せられる前に。俺は時空魔法、超速をかけて逃げた。
彼らの囲みを、四つん這いで犬のように這いだし、後を振り返ることなく一目散に逃げだした。
きっと彼らには、負け犬が尻尾巻いて逃げて行くように見えただろう。
その足で宿に戻り、マズールの町も出た。
たいていのことに平気でいられる、ボッチ耐性を取得済みだったが、シリルの攻撃は応えた。
なんかくれるかなと近づいたら、石を投げられた鳩のように傷ついた。
回数制限があるのに構わず、時も停めて走った。誰に会いたくも、見られたくもなかった。
バカヤロー!
俺が助けてやったんだよ。おまえらの命を、俺が何回おまえらを救ってやったと思ってるんだーーーー!
言いたかった。
でも言ったらだめだ。絶対ダメ。俺が時空を操れることは絶対に秘密。これを打ち明けるのは真の仲間だけ。
そんな仲間が、俺の前に現れる気配は未だに無い。
この先も多分無い。
死ぬまで…無いかもしれない。
変わりたい。変節したい。
まずはこの苦しみを、これを悦びにできるように強くなりたい。
あはは、助けてやったのに。ウププ哀れー!とか思えるようになりたい。
そういうふうに変わりたい。
よく考えたら、前世でも現世でも俺は演じてばかりだよ。ありのままだろ。ありのままの自分になってみよう!
そんな歌があったじゃないか。そうか、これは神様が、ありのまま生きる機会を俺にくれたのかもしれない。それが目標だったのか。それのために時を?
俺は闇雲に走った。
時間を停めて、そこにどれだけの時間居られるのかは、まだわかっていない。時間を停めているのに、その中で時間を計るのもおかしな話だが、無限にいられないのは確実だ。
よくわからないが、一定時間を超えると心が疲れる。マジックポイントも少しづつ減るが、まだまだ余裕があるうちに、自分が誰で、何をしているのかさえ、段々とわからなくなってくるんだ。
俺の体内時計で二時間ほど走って、俺は時を動かした。大分無理をしたが、誰に見られることもなく、隣村をも越えた。
少し休んで落ち着くと、俺はとぼとぼと歩き出す。でも、その先だって誰にも会わないよう心がけた。
マズールのダンジョンで起きたことは忘れたい。忘れられたい。
便器からはみ出した糞みたいな男、トキオは、その辺のダンジョンに飲まれたと、彼らには思って欲しい。
やり直そう。
ピュアな自分になるんだ。
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