第一章 残酷な冬⑥
先日と同じ、昇り龍が
「暗いから気を付けてくださいね」
「……はい。ありがとうございます」
男性からおとぎ話のようなエスコートを受けるのは初めてで、つい緊張してしまう。
「燕さん、雪道に慣れてますね。タイヤも
「そうでしょ~? 修行で雪山放り込まれたことがあるんだ」
「修行、ですか?」
「そう。俺は生まれつき神力が弱かったから、人一倍鍛えられたんだよね」
(『神力』って……早梅も言ってたな。不思議な力のこと……?)
ピンとこない用語が増えてきて、雪音は思わず首を
燕は
境内は大きな
臨時の照明器具が設置されただけの、薄暗い神社。雪音も生まれ育った場所でなければ、不気味だとすら思っただろう。
「神使さま……ごめんね」
砕けた
ここでは色々なことが起き過ぎた。立っているだけで、脳裏にあの夜の光景が
「──雪音、早梅を覚えているか?」
だから藤矢にそう問われ、雪音は深く
忘れるわけがなかった。あの
「あの男は、
「……神様」
「ああ。社は百年ほど前に廃社になっているが、
禍津神派とは早梅のような
少なくとも千年以上前から存在しており、凶悪な災害や事件を引き起こし続けている。一般に事情こそ伏せられているが、
「要はテロリストだが、神力のない人間には、禍津神の力は観測できない。把握しているのは、俺たちのような『特格神社』の関係者に限られる」
「特格……?」
「国内の神社は、『一般神社』と『特格神社』に分類される。一般神社が、君たちがよく知る神社の
説明しながら、藤矢が手のひらを差し出してくる。
「? わっ」
(手の上で、竜巻が起きた?)
目をぱちくりさせながらも、雪音は先日の一幕を思い出していた。
(私を助けてくれたときも、不思議な光が貫いて、それから風が吹いて……)
にわかに信じ難い話だが、既に身を
「特格神社は、一般神社では解決しえない問題を、一般ならざる力で対処する」
神秘的なものの存在を、まるで信じていないわけではなかった。
だが雪音にとって、神社や祈りというものは、心のための領域だった。
六出神社の縁切りだって、厳かに整えられた場所で、心底真剣な人たちが集まって執り行うことに意味があるのだと。わざわざ言語化をしたことがなかったけれど、非科学的な超常現象を操れるとは思っていなかった。
「俺の実家は特格の『御景神社』だ。主祭神は風神だから、社家の術者は風の力をお借り出来る」
当たり前に語る藤矢を、燕が苦笑いで補足する。
「まあ、藤矢くんはずば抜けて強いんだけどね。こんな魔法使いみたいに『神力』を扱えるような人ばかりじゃないよ」
やはりあの超常現象の源が『神力』なのだ。藤矢も燕も、それを操って戦っている。
「すみません私、何も知らなくて……」
「いやー、仕方ないよ。六出神社の事情は少し特殊だからさ」
「ああ。六出神社は表向きは一般神社だが、本来は特格神社だから」
目を
「奇特な術を受け継ぐ一族として、その実態を隠してきたんだ。特格本庁のデータベースにも登録されていない。俺たちも探し当てるのに苦労した」
こちらはすぐには信じられなかった。雪音は物心つく前からずっとこの神社で過ごしてきたけれど、そういった事情に触れた覚えがない。
「ご両親もお祖母様も、意図的に隠していたんだろう。君はまだ中学生だ。跡継ぎにするつもりはあったようだし、高校進学あたりを機に伝えるつもりだったのかもしれない」
「……あ」
雪音が高校生になったら、大切なことはすべて順々に伝える。繰り返し言われ続けてきたことだった。
「六出の者は代々強い神力を持ち、
「それを、早梅が……」
「ああ。禍津神派は、各地で力のある特格神社を
藤矢は言葉にしなかったが、先を越されたのだ。
(私と同じように、家族を殺された人もいるのかな……)
どうしようもない気持ちがこみ上げて、雪音は奥歯を
「私に、縁切りが出来れば……」
夜風に溶けるほど、とても小さく
「出来るよ!」
「えっ」
「出来るようになる! だって名前が『雪音』でしょ」
跡継ぎの名前に入る『雪』の文字のことを言っているのだろう。
「……そう、ですね。いつかは私も」
「すぐ出来るようになるって!」
食い気味に言う燕に、雪音は思わず身を引いてしまう。途端、我に返ったように「ごめん」と口にするが、それでも燕は止まらなかった。
「ごめん……でも、いつかじゃ遅いんだ」
「おい、燕」
「こんなタイミングに、間に合わなかった俺たちが頼むのは、本当に違うって分かってる、けど……」
必死の形相だった。止めようと肩を
「頼む。藤矢くんを助けてくれ……!」
「は、え……?」
「燕。黙れ」
「うるさい、話さないと始まらないだろ!」
燕が叫ぶ。先ほどまでの朗らかな雰囲気はなかった。
藤矢の胸元に手を伸ばし、抵抗されれば無理やり押さえつけようとする。
「ちょっ、どうしたんですか……!?」
「いいから、これを見て!」
燕は藤矢の詰襟とシャツを無理やり脱がせようとしていた。ぶちぶちっと音を立てて、いくつかのボタンが
「おい、燕!」
そうして無理やり、藤矢の首元を
「こいつと縁切り出来なかったら、藤矢くんは死ぬんだ!」
大胆に見せ示された、藤矢の素肌。雪音は思わず、呼吸を忘れた。
「……!」
暗い青紫色の大きな
「藤矢くんは呪われてるんだ! 御景家に代々受け継がれている、禍津神派からの呪い」
「呪いとの、縁切り……?」
「そう、頼むよ! 切れなかったら……御景家の跡継ぎは、二十歳で死ぬ……!」
「燕!」
鋭い声で刺され、燕はようやく黙る。藤矢の体から手を離し、雪音に「ごめん」と頭を下げる。
「俺にも謝れ」
「……ごめん」
「追い
「追い剝ぎしたことないから分かんないよ……」
「俺だってないよ」
わざと軽口を
それから至極申し訳なさそうな表情で、雪音の方を向いた。
「驚かせたね。燕は信頼のおける
雪音は慌てて首を振る。面食らいこそしたが、燕には必死になるだけの理由があるのだ。
「……本当に、二十歳で?」
「このまま何もしなければ確実に。情けないことに、御景家はもう五百年も前に受けた呪詛を、
そうして語られたのは、
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