第5話(中) 総合学習とかいう謎の時間

「須凍さんが男子生徒にお弁当を!?」

「相手は誰だ? 殺すか?」

「いや待て、安直に考えるな、もっといい“罰”があるはずだ」

「“氷の一匹狼”さんと仲良くなるって、彼女のイメージを保つ努力はどうなるんだ!」

「もしかして……脅されてるんじゃないか?」


 ありもしない妄言が飛び交い、教室中に大きな荒波が立つ。


「なぁ、須凍さん……これ」


僕が狼狽えているが……須凍はそうではない。


「恋心を証明するのに……外堀を埋めるというのは大事だって気がついたのよ」

「須凍さんって意外と“ガワ”から入るタイプだよね」

「否定しないわ。とりあえず見た目から入るのは悪いことではないわよ」


 とはいえ――好きであることを証明するためにクラス全体を使う、ってのはやりすぎだろ……。


「友達に手作り弁当を渡すって……須凍さんはどう思う?」

だと思うわ。なにかあるんじゃないかって勘繰るわね、私なら」

「うわー、確信犯」


「これでも頭はいいのよ、私」

「知ってる。でもまさかテストの点とかじゃなくてこういう形で頭の良さを見せつけられるとは思ってなかった」


 こそこそと、誰にも聞こえないデシベルで僕らは会話をする。


 須凍さんは信義に反することはしないが、戦略に基づいたことなら手段を厭わないということがわかってきた。

 ズルいことはしないが、“スキ”であることを証明するためなら何でもする。


「私がお弁当を作ってきて、夜墨君と一緒に食べる。困ることは何一つないはずよ。正直、昼休みまで話しかけられなくて焦ったわ。流石に二人分のお弁当は一人じゃ食べれないもの」

「僕が困るんだけど……」

「どうして困るのかしら?」


 キョトンとする須凍さんに、僕は周囲を見ろとジェスチャーを送る。

 僕らを囲む視線はギラギラとした殺意溢れるものだったが――須凍さんがさっき散らした効果もあって彼女が見渡すその瞬間だけは皆目を逸らしていた。卑怯者!


「私と夜墨君は友達だから、教室で話していても問題ないのでしょう?」


 わざわざ宣言するように、須凍さんは少し大きな声で言う。

 それから小声に戻って。


「あとは沢山勘繰って貰えば完璧よ。さ、一緒に食べましょう?」


 須凍さんは有無を言わさず、ランチョンセットを僕の机の上に開く。

 まるで夫婦弁当のような形で二人分のお弁当が入っていた。

 中身も全く同じだ。


「ちなみにこれは“証明”とは一切関係ないわ。やっていることは昨日と同じ、焼き直しよ。だから普通に親愛の証として受け取ってほしいの」

「おもっきし外堀埋めようとしてんじゃねーか、受け取れるわけねーだろ」

「外堀を埋めることの何が悪いのかしら?」

「前言ってただろ……『どうして“スキ”なのか、知りたい』って……。知る前に決めつけられるぞ、クラスメイトに」


 実際問題……中学時代に経験してきたことだ。

 僕と夏海が常につるんでいるため、そういう揶揄いの対象になっていた。

 僕も夏海も気にしていない風を装ってはいたが。


「私の気持ちはクラスメイトが決めることじゃないわ。それは当人同士の問題でしょう?」

「そこはロジカルなんだな……」

「それに、今のところ私の感情は“スキ”よ。どうしてかはまだわからないけどね」


 小声でひそひそと、須凍さんは告げる。

 さすがにクラスメイトに聞かれたくはない会話だ。

 こういう会話をすると知っていたら僕も教室で食べようとは提案しなかったが。


 ってか、今日もお弁当作ってくるとか想定外だよ。

 クラスメイトの「後でツラ貸せや」的視点が痛い……。


 須凍さんはピンク色のお弁当箱を開けて食べ始める。

 僕も覚悟を決めて(視線を無視して)食べ始めた。


 どうしてだろう――昨日とは違って、味がした記憶がない。


 †


 五時間目が始まろうとしている。

 須凍さんがトイレに立った瞬間、スキャンダルを起こした芸能人かってくらいの囲み取材が行われ、散々な目にあった。

 内容は主にお弁当について。


 僕の答えは知らないの一点張り。

 ……いや、須凍さんがどうして僕にお弁当を作ってくれるのか、本当にわからない。

 そもそもお弁当に効果ないって昨日証明したばっかりじゃん……。


 「本当に?」「本当本当」「嘘じゃない?」「ボク、ウソツカナイ」「……離しなさい」……みたいなやり取りが冗談じゃなくあり。

 須凍さんがハンカチで手を拭きながら教室に戻ってきた時には、まるで何事もなかったかのように群衆は散り散りになっていった。


 大した友達もいない高校生活で――急に“要注意人物”としてマークされてしまったみたいだ。

  意味は違えど、須凍さんがそう見られているように。


「次の時間は視聴覚室で映画を見るらしいわ、行くわよ」


 戻ってきた須凍さんは颯爽と僕の手を取る。


「行くわよって……一緒に?」

「ええ。視聴覚室ならどこの席に座れとも言われないわ」


 だから、と須凍さんは前置きして。


「一緒に、座りましょ」


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