第2話(中) スキの前にまず友達から
「教室ではまともに話せないから、呼び出させてもらったわ」
昼休み。
チャイムが鳴ると同時に授業が終わり、皆が学食や購買にダッシュを決めるタイミングで――僕は須凍にブロックを決められた。
『夜墨君、ちょっと顔を貸してくれるかしら?』
もちろん、クラスの空気が凍り付いたのは言うまでもない。
断れるわけもなく、僕は須凍に連れていかれるがままに階段を上り――屋上に続く階段の手前の踊り場に呼び寄せられた。
「今から購買に行こうと思ってたんだけど」
「大丈夫、夜墨君のためにお弁当を作ってきたの。夜墨君はいつもお弁当を持っていないでしょ?」
「なんで知ってるんだ……」
確かにいつも僕は購買に行っておにぎり二つを買っている。
ただ、須凍は教室に戻る頃には居ないことがほとんどだ。
「それくらい知ってるわ。四限が終わった後も教室に残っている人は覚えているもの。一緒に昼食に誘ってくれる優しい人たちよ」
「ああ……確かに毎回ダッシュ決めてるしな。ってあれ、いつも教室に戻った時には須凍さん居なくない?」
「ええ、断ってるもの」
「なんで……」
「申し訳ないじゃない、私が話すことで輪の空気を乱すのも。それに、私が話し出すと何故かみんな構えるのよ、こんな風に気楽に話してくれるのは夜墨君くらいよ」
ふぁさっ、と須凍は肩にかかった長い髪を払った。
「意外と気にしてるんだな、雰囲気とか」
「恐れられているのは分かっているわ。中学校でもそうだったから」
「恐れられているっていうか、畏れ多いっていうか」
「どういうこと?」
「怖い、とかじゃなくて……どっちかっていうと、孤高すぎて話しかけてもいいのか迷う、みたいな感じだと思う。かっこいい系っていうか」
ふむ、と須凍は少し俯いて考える。
「なるほど……孤高だなんて思ったことはなかったわね。どうしてそう思ったのかしら、理由が聞きたいわ」
「まず誰とも話さないだろ」
「私が“ぼっち”だって言いたいわけね。事実だから受け止めるわ」
「“ぼっち”、ってことでもないんだよな……」
不思議と彼女には“ひとりぼっち”という感情を抱かない。
「俺と違って須凍は一人でいても“かわいそう”には思えない。だからお前はぼっちじゃない、やっぱり“孤高”なんだよ。そういうヤツはなんていうか……カッコよく見えるんだよ」
「規範に外れた存在が格好良く見える……ヤンキーが美化して見られる、みたいなことかしら」
「そうなんじゃね? わかんないけど」
「なるほど……参考になるわ」
なんつーか……話せば話すほど、須凍が孤高である理由がわかる気がする。
それこそ、この学校ではボロが出ていないだけで、中学校では浮いていたんじゃないか?
好奇心から、須凍に対して思っていたことを投げてみた。
「『理屈っぽい』って言われない?」
「言われるわ。むしろ、中学時代はそれが理由で若干距離を置かれていたもの」
「だよな、友達いなさそうだもん」
「なっ……失礼よ! 人を偏見で決めつけるなんて!」
悪い悪い、と僕は須凍に謝る。
「友達が欲しい、なんて思って無いわ。それに、人と話すのは緊張するし……今くらいの距離感がちょうどいいのよ。格好いい、と思われているのなら、それも吝かじゃないわ」
「……で、今日は何の用で僕を呼び出したんだ? わざわざ弁当を作ってくる、なんて手土産まで準備して」
「そうよ――! まずははい、これ……受け取ってくれるわよね? 夜墨君のために丹精込めて作ったお弁当よ」
渡されたのは、ピンク色のお弁当箱だった。
中は二段になっており、上段はウインナー、冷凍から揚げ、ハンバーグ、スパゲッティ、手羽先を細かく裂いたもの、生姜焼き風の味付け肉、そして下段は名いっぱいのご飯が敷き詰められている。
「心を掴むならまずは胃袋から、と聞いたわ。これが私のスキの気持ちよ、胃袋で受け取ってくれると嬉しいわ」
「まずは……ありがとう。腹ペコだったんだよな、滅茶苦茶旨そうだ」
「改善点があれば次までには直してくるわ。忌憚ない意見も受け入れるつもりよ」
「や、そんなことない……これでもかってくらい胃袋を掴もうとしているのが見て取れる」
男子高校生ならこんなもんだろ! というくらいには……肉てんこ盛りのお弁当を目の前にして、僕は面食らってしまっただけで。
「誰かのためにお弁当を作るのは初めてだったから……少し心配だったけれど、喜んでくれて嬉しいわ」
「それに……美味しいよ、ちゃんと」
「そう、なら……よかったわ」
須凍ははぁとため息を付く。憑き物が落ちたかのような様子だった。
それから、ぎこちない笑顔を浮かべた。
ぎこちない、というのは……普段須凍の笑顔を見ていないからそう思えるだけで、普通にしているときの須凍はこんな顔をするのかもしれない。
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