第9話国王
ライト・ハインリッヒとした生きた十八年間の中で父に大きな思い入れがあるかといわれると、そういうわけではない。俺がほんの小さな頃の時以外は、式典だとかそういう場所でしか会わなかったし、父が俺に特別期待をかけていたという話も聞かない。だけれども、あまりにも突然すぎる肉親の死は前世でもそれを体験することがなかった俺の心に大きなショックを与えていた。
「……」
「お悔み申し上げます」
衝撃で動けずにいる俺に向かって衛兵がそう言った。少し立ち尽くしたのち俺は部屋に戻り、ベッドで横になって豪華な装飾で飾られている寂しい天井を見上げた。目からは一滴の涙がこぼれ落ちてきていた。
どうやら、少し眠っていたようだった。時計の針は二時間ほど進んでいる。ただ、眠りというのは不思議なもので、人間は眠ることで落ち着きと安心を取り戻すことができる。
「どう?落ち着いた」
いつの間にか俺のベッドの横にはアリスがいた。
「いつからいたんだ?」
「一時間前くらいかな」
そうか……。先ほどまで気が動転していたのに今の俺は驚くほど落ち着いていた。
「さっき知ったっていうのに思ったよりしっかりしてるわね、そういうところはちゃんと国王の血を引いたのかしら」
俺はこくりとその言葉に対して頷いた。
「そう。じゃあ、これからあなたが置かれている状況を説明するけど。大丈夫?」
あなたが置かれている状況?一瞬、俺の頭にははてなマークが浮かんだがすぐに思い出す。そういえば、俺はこの部屋から出られないんだった。国王が死んだとしても普通ならばこうはならない。なにか理由があるはずだ。
「ああ、頼む」
そういって、俺はベッドからテーブルへと移動した。そこに俺のお付きのメイドが俺が一人でいる時、いつも食べているお菓子を持ってくる。ここでメイドが持ってきたのはアリスが来た時にいつも出しているお菓子ではなかった。
不審に思い、メイドを見るが彼女はまったくその間違いに気づいてはいない。このメイドとも付き合いは長いがこんな間違いをする子ではないのだが……。
「私はテーブルに座れないわ」
アリスはそういうとドアのほうにちらっと視線を投げた。
「なぜだ?」
「衛兵が外にいるでしょ?」
確かに俺の部屋のドアは一部が磨りガラスになっていて、部屋の中の様子を少し窺うことができる。そのドアのところからは俺のベッドは死角になっているのだがテーブルはドアから見える位置にある。
「あなたは接触禁止命令が出てるから、本当は会っちゃダメなのよ」
そういいながらも笑うアリス。彼女は彼女で相当なリスクを負ってここにきているのだ。
「でもどうやって来たんだ?」
その問いかけに対し、彼女は指で窓を指さし答えた。どうやら天才的身体能力を用いここまで来たらしい。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。今はあなたの処遇のことよ」
おっとそうだった。アリスの気持ちに感動しただけで俺の処遇の話がまだだった。
「国王が昨晩死んだ、のは知ってるのよね」
「ああ。知ったのはさっきだがな」
「じゃあ、第一王子から第八王子まであなたを除いたすべての王子も同じタイミングで体調不良に陥っているのは?」
「は、嘘だろ」
と、衛兵になるべく聞こえないように意識しながらもなるべく小さなトーンで答える。ここでお菓子も食べておく。
「本当のことよ。だから、あなたが真っ先に疑われているの」
流石の俺でもそれからの話は分かる。
「つまり、国王が死に、他の王子たちも病気で重体となったら王位継承者は自動的に俺となる。それを狙ったんじゃないかってことで俺が容疑者として真っ先に疑われてるっていうのか」
「そうよ」
だとしたら、宰相の采配にも納得できる。というか、今の状況を鑑みると、即取り調べとならずに軟禁状態で済んでいるのだけは優しいのかもしれない。
「王位継承に興味ねえんだけどなあ、俺」
これが俺の本気のボヤキである。
「そうね、そうじゃなかったら今頃もっと厳しい処分が下っていたはずよ」
間違いない。ええ、間違いないですとも。
「というわけで、あなたはこの事件の新しい容疑者が浮かんでくるまでおそらくこの状態ね」
なるほど。とうぶんの間は解放されないってわけだ。
「……あんまり、悲しそうではないわね」
アリスがじっと、怪しむように俺の顔を見てくる。キスできそうな距離感だ。
「あんた、まさか学校行かなくていいからラッキーとか思ってるんじゃないでしょうね」
まさかまさか。
「そんなこと思うにきまっているだろう!!」
俺は生粋のニート男だぞ。黙っていて飯が食えるんだったら、あんまり自分の環境には文句を言わん。
「ただ、二週間ぐらいすると絶対飽きるからそれまでには犯人を捕まえてくれ」
「なんて、都合がいいことを……」
逆に国王の殺人事件なのに捜査にそんなに時間がかかるわけないだろう?そうなったら、この国の捜査機関の威信に関わる。
「もし捕まらなかった場合、困るのはあんただけどね」
そうなったら、俺がどうにかして国王殺した犯人捕まえてやんよ。
「ハッハッハハハッハハッハッハッハ」
ちなみに俺は本気だぞ。推理小説好きオタクの本領を見せてやる。
「まあ、とりあえず元気そうで安心したわ。寂しいでしょ?また来るから」
まあ、それは来てもらったほうがいいな。一人は寂しい。
「じゃあ、またね」
そういうとアリスは一瞬で窓の近くへと移動したかと思うと次の瞬間には窓の外に出ていて、すぐに彼女は音もなく下へと消えていった。
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