第8話祭り

「そろそろ式典の時間よ」

レーンさんの店を出た直後に真正面から鎧を着た熊のような大男が……ごほん、失礼。鎧を着ていることで体が大きく見えるんだよ、アリス。怒気を抑えてくれ、怒気を。熊ぐらいの体格はあるが心は乙女らしい。つまるところ、アリスが俺たちに声をかけてきた。小さな顔をだけを鎧からだしている。

「いや、わざわざ出迎えてもらって悪いけど、俺はくそつまんない式典なんざでないよ」

アリスは俺に対してしかめ面をする。

「まあ、そういうと思ったわ」

いつものようにため息をついた。どうにか納得したようなので彼女は帰ってくれるのかな、と思ったがどうやらそうではないらしい。

「行かないのか?」

「式典のこと?ああ、あんたが行かないなら行かないわよ」

なんでだよ。

「私は18歳になって正式に騎士となった。今回、私に与えられた命令はあなたの護衛。だから、あなたと常に一緒にいる必要がある」

なるほど、仕事なのか。じゃあ、仕方ないな。

というわけで俺たちは一緒に祭りを巡った。そう、巡ったんだ。ただ、その時の記憶を……今詳細に思い出すことはできない。







はっきりと覚えているのは翌日からだ。いつものように俺は昼過ぎから起き、自室で昼食を食べようとしていた。ここで俺は、いつも俺に仕えてくれているメイドや執事の顔色が強張っていることに気づいた。

「どうかしました?」

「いえ、ご朝食ですね。すぐお持ちします」

メイドはこわばった表情のまま、俺の昼食、ビーフシチューを持ってきた。やはり、昼はこれに限る。前世からの好物であるそれは素晴らしい味だった。ビーフシチューを平らげ、少しベッドで俺はダラダラしてから部屋から出ようとした。その時に俺は部屋の外に大量の衛兵がいるのを目撃した。微動だにせず、俺の部屋のドアをじっと見つめている。

「なんだなんだ、なにかあったのか?」

まるで俺の動向を逐一監視しろという命令が出てるみたいだ……。まさかな、俺はこの国の第七皇子、そこんじょそこらにいる貴族じゃない。相当なことが起きない限り、俺が監視下に置かれるなんてこと……ないはずだ、きっと。そう信じ、俺は部屋の扉を開け外に出ようとした。

「止まってください」

他の衛兵とは違う赤い兜を被ったおそらく、衛兵の隊長格であろう人物が声をかけてくる。その声からは俺に対する敬意は感じず、ただ淡々と業務を遂行しようとする意志を感じた。

「なんだ?」

一応俺はこの国の第七皇子だぞ、ということを暗に含ませたなんだ?ということばである。おまえにどんな権限があって、俺をここで止めているのか、という意味ももちろん含んでいる。とりあえず、様々な意味を込めたなんだ、のはずだった。

「ライト王子、あなたを部屋から出すことはできません」

また無機質な返事が返ってきて俺は絶望する。いや、混乱のほうが俺の頭には先に浮かんでいた。なぜだ?何が起こっているんだこの国に。クーデターという最悪の可能性が頭をよぎる、だとするともう国王は死んでいるのだろうか。フランス革命の王族たちの最後が頭を過る、俺ももしかしたら、ギロチンによって首を斬られてしまうのかもしれない。一通り混乱したことで俺は別に相手が自分を殺しに来ているわけではないということに再度思い返す。少なくともクーデターならそのまま部屋にいさせるなんてことはないはずだ。とすると、

「理由を教えてもらえるか?」

「宰相様がお決めになられました」

「宰相が?」

宰相とは国のナンバーツーとも言える存在だ。この国では国王が権力の一切を保持しているが国王だけですべての政治をすることができるはずがない。というわけで、宰相という存在が様々な面で国王の政治を手助けするのだ。国王は基本的に宰相の助言を聞き、次の方針などを決めることとなる。ある意味、国王よりも国のことを知っている人がなる仕事だともいえるだろう。しかし、……

「宰相に実質的な権限は存在しないはずでは?」

この質問に俺の前の衛兵は少し答えるのに詰まったようだった。やはり妙な事態が起こっているようだ。

「いえ、今は宰相様がこの国の最高権力者となっております」

は?そんなことがありうるのか。そう言いかけた言葉を俺はひっこめた。自分の想像を信じることができずに愕然とした気持ちになる。この世界の学校でいつか習ったことがあるような知識をどうにか引っ張り出す。

「この国の国王が病気及びなんらかの事情によって公務を遂行できない状況に陥り、また次の国王が決まっていない場合、その時点での宰相が国王の代わりを務め公務を執行することとなる」

頭の中に浮かんだその条文を言葉に出した時、目の前の一人の男と自分の体でさえも悪寒が走り体が震えたような気がした。

「つまり、国王は……」

最低でも公務が執行できないような大けが、最悪だと……

「はい。国王様は昨日の深夜崩御されました」

暗雲たちこめる俺のこれからの人生に目の前が真っ暗になるような心地がした。












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