第6話隠し事

俺たち以外の生徒たちが祭りの準備を進めている中、俺はいつも通りの日常を過ごしていた。一応、生徒会長に言われて少し準備を手伝ったりもした。偉い。異変が起こったのは祭りの準備一週間前のことだった。

「ライト王子はいらっしゃいますか?」

その高くてお淑やかな声に一瞬見当がつかなくなるがすぐに思い出した。この声はリスだ。俺たちに対するがみがみとした声ではなく世間一般向けにワントーン高い声を使っている。この声を聴いた者たちはみなアリスが素晴らしくお淑やかな淑女であると思うに違いない。

「ええ、いらっしゃいますが何か用ですか、アリス様?」

部屋の外のメイドが答える。

「はい。少し内密に話したいことが……」

アリスが俺の部屋に来るのはそんなに珍しいことではない。一か月に一回ぐらい、何かと理由をつけて俺の部屋にやってきては掃除をしたり、お菓子を食べたりして帰っていく。まあ、別に俺はあいつがいるだけで部屋がきれいになったりするからいいんだが。ただ、今回の要件はどうやら、そんな軽い感じの用事ではなさそうだった。

「アリス様がいらっしゃいました」

「ああ、通していいぞ」

俺の部屋の中にいた執事がドアを開ける。

「お久しぶりですね、アリス様」

「ええ、久しぶり。お邪魔するわね、ライト」

久しぶりに会った(実は一週間前にもあっているので別に久しぶりというほど久しぶりではないのだが)アリスは髪をショートに短く切りそろえていた。いつものように鎧を着ているわけではなく、学生として制服を着ているようだった。

「では、ごゆっくり」

アリス、グレッグ、レゴリーがこの部屋に来る時だけはよほどのことがないと執事には部屋を空けるように言ってある。

アリスはストンと、俺が座っていたテーブルの真向かいに腰を下ろした。

「お菓子、食べるか?」

「ええ、いただくわ」

間近で見てみると、俺にはアリスの表情が硬いことがよくわかった。伊達に俺たちは幼馴染ではない。彼女が好きなイチゴ味のバームクーヘンをテーブルに置き彼女が話始めるのを待つ。

アリスは俺が置いたお菓子にちらっと眼をやるとすぐに手を伸ばし食べ始めた。俺もせっかくなので食べておく。こんな最高級のお菓子が好きなだけ手に入るのも王族特権だ。アリスは手に取ったお菓子をぱくりと口に放り込むと一口でごくりと飲み込む。もう一つもパクリ、そしてまた手に取り……

「おい、もっと味わって食えよ。それ高いんだぞ」

「ん、あーごめん。なんかぼーとしちゃって」

アリスはいつものしっかりとした意思を感じさせる目でなく、とろんとした寝不足の人のような目でこちらを見つめていた。

「なにかあっただろ」

「うん……」

会話も要領を得ない。この状態のアリスに俺は二回ほど会ったことがある。アリスの母が死んだときと、剣士としての修行がつらくて逃げ出した時の二回だ。

「どうしたんだ?」

この状態のアリスに対しては根気強く話し続けるしかない。

「エリアが重体なの……」

「エリアって、生徒会長のか?」

前、体育館のたまり場であった真面目そうな女の子を思い出す。

「そう、生徒会長のエリア」

徐々に目の前のアリスの目にも光が戻ってきた。

「なんで?」

「わからない。医者の人に見せても原因がわからないらしいの」

医者に見せてもわからないのか。

「じゃあ、俺たちが悩んでもどうしようもなくないか?」

「まあ、そうなんだけどね。ただ、私達結構仲が良かったから、心配だなあって」

へえ。よく考えてみたらアリスの交友関係のことを俺はあまり知らなかった。アリスとエリアが仲が良いのならどうにか治してあげたいと思うのは当然のことだ。

「そうか……」

その後に続く言葉を俺は思いつけなかった。

ただ、俺に話せてアリスは少しすっきりしたようだった。表情にもいつもの力強さが

戻っている。

「じゃあ、行くわね。私は祭りの準備で忙しいの」

「私はという言葉に、お前も手伝えという言葉のとげを感じたんだが」

まあ、いいだろう。アリスが元気に俺の頭を叩いてくれなければ俺の調子もくるってしまうからな。

「お祭りでまた会おう」

「そうね、式典でまた会いましょう」

式典とは、言い伝えによって知られているハインリッヒ一世が誕生した瞬間に始まる儀式のことである。壮大な音楽でハインリッヒ一世の誕生を祝うのだ。当然、王族は参加がほぼ義務付けられていて、俺以外の王子もみな出席するらしい。

「いや、式典には多分いかないけど~」

「プッ、ハッハッハッハッハ。あんたらしいわね」

そう笑って、アリスは俺の部屋から帰っていった。元気になったようで俺も一安心だ。


















そう、ここまでは何でもない祭り、のはずだったんだ。

ハインリッヒ一世の誕生を祝う祭り、という名目でみんなが退屈な日常を忘れて、バカ騒ぎできる、そんな一年に一度しかない大切な祭り。俺が小さい頃からずっと好きだった祭り。実際、いつもと何も変わることのない何気ない祭りだったんだ。そう、あの時迄は。こうなったからにはなんとしても俺は犯人を見つけなくてはいけない。この事態を引き起こした犯人たちを。自分のために、そしてアリスとグレッグとレゴリーと今まで俺に関わってくれた人たちの名誉のために。俺は決意を新たにして、自分の独房を後にした。もう一度ここに戻るようなことがあれば、その時は俺が死ぬときだ。
















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