第4話ゴブリンロード
地面が崩れ落ち、暗闇に吸い込まれていく中で、俺は昔読んだスパイ小説を思い出した。確かこういう時、足から落ちると体のバランスを崩して頭から落ちて死ぬなんてことになりやすいらしい。というわけで俺は小説で読んだ通りお尻を突き出して落ちていく。大変不格好だがしょうがない。これで死なないのであれば万々歳だろう。重病も経たないうちに、少し周りが明るくなったかと思えば、石の固い感触が俺の尻に伝わった。
「いっっつあ~~!!!」
もちろん、今まで味わったことがないような激痛が尻に走る。骨がおそらく外れているのだろう。体に対して突き刺さるような痛みがあった。痛みが治まるまで数分ほど周りを転げまわったのち、どうにか痛みに耐えながら俺は周りを見渡す。構造は上の階層とは変わっていないようにみえる。ただ、匂いが。上の階とは決定的に違っていた。上層は苔や水のにおいが漂っていたのに対してこの階層には腐ったような血と死の匂いがそこら中に漂っていた。
ごくり、と自分の体が唾を飲み込む音が聞こえた。ここに長くいたらまずいであろうということは大変想像がつく。どうにかしてこの階から早く脱出して上にいるアリス達と合流すべきである。自分がどこにいるか確認するために俺は痛む尻をさすりながら、上を見上げた。天井には大きな大穴が空いていて、その先に暗闇が漂っていた。
「どいて!!!」
そんな時、アリスの声がして俺はすっと横へと避ける。
ドガガガンンンンンンン!!!彼女の着地の衝撃だろう。地面に亀裂が入り、爆音がした。驚くべきことに、彼女は足から着地をしていたが全くもって痛がる節を見せない。
「痛くないのか?足から着地して」
彼女はニヤッと笑う。
「鍛え方が違うからね」
少し憎たらしい笑顔だが、今はそれが頼もしい。
「この階にも何回か来てて、道は大体憶えてるから任せて」
なんて有能なんだ、この幼馴染。今までさんざん人間じゃないだとか、ゴリラだとかいってごめんなさい。
「あと俺、お尻怪我してるんだけど」
「尻?」
怪訝そうに彼女の眉が上がる。
「そう、尻」
「なんでよ?」
「高いところから着地する時には、足からすると必ず骨折するから、お尻からのほうがいいと聞いたもので」
アリスはポカーンと口を開けた。
「別にあんた王族の血をひいてるんだから、体は丈夫なはずよ。怖がらずに足から着地すればいいのに」
前言撤回だ、普通の人間の気持ちがわからないこのゴリラめ。
「まあ、先生に直してもらえばいいでしょ」
そういえばアインズ先生の本職はヒーラーだったな。
「とりあえず、ここから早く出るわよ。私一人だとちょっと不安だから早く合流したいわね」
「そうだな、気味が悪いところからは早く出るに限る」
「危ない!!!」
おそらく俺はアリスに会ったことで得た安心感に浸っていたのだろう。周囲への注意を怠っていた。曲がり角の先に待ち構えていたゴブリンロードでさえも俺には気配を察知できなかった。
俺の頭に対してゴブリンロードが棍棒を振り上げる。俺の純粋な身体能力だけでは躱すことができなかっただろう。そう、純粋な身体能力だけでは。
「身体能力強化魔法発動!指定範囲は体全体!!」
俺がそう詠唱を唱えると、体がグインと加速するのがわかる。そのまま横に倒れこむことで俺は棍棒を避けた。
「やるはね」
「この魔法は先生から逃げるのにいつも使ってるからな」
アリスには身体能力が違いすぎて通じないし、アインズ先生には最近癖を掴まれて逃げ切ることができていないが他の教師にはまず通じる。
「ハッ!!」
一瞬だけ俺の動きに驚き、隙を見せたゴブリンロードに対してアリスは軽く剣で切りかかり見事相手の右手の親指、人差し指、中指を切り取った。
「グアアああああ」
ゴブリンロードは棍棒を取り落とす。そこでおれとアリスは一旦ゴブリンロードと距離をとった。
ゴブリンロードとは、先ほどであった魔物ゴブリンの進化系統にあるモンスターである。ざっくりいうとゴブリンが成長し、強くなるとゴブリンロードになるのだ。小さいゴブリンとは違い濃い緑の筋骨隆々とした体をしており布や装飾品などを身にまとっている。知能も5歳児程度の知能はあるらしい。その他のモンスターとは並外れた強さから基本的にモンスターと戦うことを生業としている冒険者たちでさえ、ゴブリンロードと互角に戦えるのは精鋭だけだ。まあ、アリスはその冒険者の精鋭よりも強いんだけどね。
心配はないけれど、これぐらいはやっておこうか。
「クリエイトファイアー」
俺は手のひらの上に炎を生み出し、ゴブリンロードがまとっている服を焼いて、皮膚を丸出しにしておく。
「ナイスアシスト!!」
次の瞬間、アリスは目にもとまらぬ速さで剣を振るい、ゴブリンロードを両断した。
「相変わらず強いな」
「まあ、こんなもんね。ゴブリンロードなんて」
そののち、俺たち二人ははぐれた四人と合流することができた。
「大丈夫ですか?ライト王子」
「ええ、何とか」
お尻をさすりながら答える。
「なんでダンジョンの床が急に……」
「さあ?」
というような会話をしながら俺たちは学校へと戻っていった。
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