第5話 旅立ち
とうとう旅立ちの日がやってきた。
外で待機してるイツキの前には立派な馬車が置かれている。
「すごい、馬車だ。あたし達の世界ではとっくに絶滅(?)した馬車だ」
「イチカちゃん。珍しいのは分かるけど絶滅なんて言わないの」
「ていうかイツキ。剣なんて扱えないのに剣を持ってるんだ」
城の人達が用意してくれた服装や旅の助けとなる装飾を身につけている。そして腰には剣が差されてあった。
「念のために初心者用の剣も渡してくれたんだ」
「ソードマスターの名に恥じないよう鍛錬を積まなきゃね」
「そこなんだよ……」
実を言うと、確認のために一度訓練所に赴いたのだ。
そして剣を握った瞬間、初めて握ったはずなのに持ち方や構え方など完璧に把握し周りを関心させたが、肝心の身体能力は凡人並で手合わせに付き合ってくれた兵士にあっさり一本取られた。
技術が完璧な素人という、なんともおかしな状態にあった。
「これが現実って奴かぁ……」
「───お待たせしました。あなた方が噂の異世界からの来訪者ですね」
ふと、声に反応して振り返ると純白の鎧を身に纏った一人の小柄な少年が立っていた。
深緑の髪色に翡翠の瞳の天使のような美貌の少年だ。
これまた偉い美形が来たなとイツキもイチカも唖然とする。
「初めまして。お二方の護衛を務めさせて頂きますアリアンと申します」
「ど、どうも……」
実に爽やかで物腰の柔らかい態度に悪い人じゃ無さそうだなと一先ず安心する。
「あぁ、先にアリアン様を到着させてしまうなんて申し訳ない」
その後に、背の高い眼鏡を掛けた男性がやって来る。
「初めまして。皆さんのお供をさせて頂きますグルマンと申します。以降お見知り置きを」
「やぁやぁ、どうやら全員揃ったようだね」
ライラを伴い、シアがやって来る。
「シア様も同行してくれるんですか?」
「途中まではね。詳しい話しは馬車の中で話そうか」
シアにそう促され、イツキ達は馬車に乗り込んだ。
「さて、魔族の領土から人間の領土へ渡るには水上都市エアリスへ向かわないといけない」
「ふんふん」
「でもその前に一度、エアリスの領主の挨拶に顔を出して欲しいんだ」
「顔出し…ですか?」
「そ。魔族領に瘴気の発生は既に領主達の耳に入っているからね。勿論、君達のお陰で浄化されたことも」
「…………」
「シア様、アトランティアの方はよろしいのでしょうか?」
「アトランティア?」
「海底王国アトランティア。人魚族の住む国さ。興味があるから連れて来て欲しいとは言われたけど、そんな時間はないと突っぱねたよ」
グルマンの質問に、シアはそう答えた。
「人魚って…あの、上半身が人で下半身が魚の……?」
「君達の世界には人間しかいないのに妙に造形に詳しいね?」
どうやら間違っていないらしい。ただ、アトランティアは旅の目的地でないので生の人魚が見れない事に残念と二人は肩を落とした。
「でも水上都市といい海底王国といい、魔族領って結構海に密接してるんですか?」
「その通り。基本、物資の仕入れは貿易船のみなんだ……瘴気の影響か、海に住む魔物達が活発化してるせいで貿易船が止められる可能性があるんだよねぇ……」
「……それ、かなり死活問題じゃ……」
「そうなんだよ!!だから君達に解決をお願いしたいわけ!このままでは国民達は飢えるだけじゃなく下手したら人間の領土を襲って再び人間との争いが起きるかもしれない!その引き金に君達はなりたいかい!?」
「ナチュラルに脅すのやめてもらえません!?」
シアの脅迫まがいの発言にイツキは堪らず叫んだ。
「……こほん。引き金…というのは流石に言いすぎたかもしれないが、元の世界に帰れる手段も分かってない今、君達も他人事ではいられない。そのことを念頭に入れて欲しい」
「……分かりました」
シアの言ってる事は最もだ。唯一浄化の力を持ってる自分達が何もしなければ確実にこの世界の人達だけじゃなく、自分達の身も危うい事になる。無関係なんていえない。
「……あたし達が何もしなければ自分の身も危ない事は分かったけど、あたし、一生このままなのかな……」
「イチカちゃん……」
「……異世界から召喚する方法があるなら、帰る方法も必ずあるはず。そのためにはアルマタイルに行く必要がある」
「確か本来僕達が召喚されるはずの場所……でしたよね?」
「そう。そのためには四ヶ所、国を回らないといけないけどね」
そのルートが一番の最短距離であり、そして同時に瘴気が現在発生してる場所でもあるとシアは言う。
「一番近いのはアドール国。魔族領と人間領の境界を監視する役目を負ってる国でね、同盟国でもあるんだ。このアドール国が仲介してくれるお陰で問題なく交易が出来ているのさ」
「かなり重要な国なんですね」
「そ!正直あの国が無くなってしまったら我が国もかな~りヤバくなる!」
百点満点な笑顔でとんでもない事を言った。
「国王にはもう手紙は送っている。アドール国の瘴気の問題を解決したら、私とはここでお別れさ」
「やっぱりそう長く国からは離れられないですよね」
「これから状況はどんどん悪くなる。兄上が過労死しないようにサポートしていかないとね」
う~んと悩ましげに首を傾げる。
「なんか…大変そうですね…」
「大変だと思います。僕やグルマンのような純魔族は飢えや渇きに強いし、なんなら魔力だけでも凌げれるからこそ瘴気が発生しようが生活に問題はありませんでした。でもここ最近は魔族以外の種族も増える一方で、環境によって肉体的、精神的に大きく影響を受け易い種族もいるから混乱は避けられないでしょう……」
アリアンが深刻な顔でそう語った。
「マジで責任重大じゃんやだー!」
どんどん深刻化していく内容にイツキは思わず叫んだ。
「でも実際、浄化の力は君らしか持ってないからね」
「世界を掛けた命運とか映画の中だけで充分ですから!!」
「あたしの代わりにつっこんでくれるのは嬉しいけど、実際にやるのはあたしだからね?」
「ごめんねイチカちゃん!イチカちゃんにこんな重荷背負わせちゃって!」
異世界に飛ばされるだけでなく世界の命運を握る事になるなんて予想もしていなかった。
元の世界の家族や友人達の顔を思い浮かべ、帰りたい気持ちが一気に高まる。
ふと、馬車の外の風景に目を向ける。
まだ見ぬ土地への期待と不安を胸に、馬車は港区へ向かうのだった。
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